びっくり箱

 びっくり箱というと、大抵の人は蓋を開けると人形か何かがバネ仕掛けで飛び出してくる、というものを連想するだろう。 だから、これがびっくり箱である、と分かって開く場合、子供ならともかく大人が驚くことは、ほとんどないだろう。 もっともあたしは気が弱い方なので、どうも苦手だが…。
「 しかし、この特製びっくり箱はちょっと違う 」L博士は自慢げにその箱を示した。 一抱えほどの箱がテーブルに乗っており、何本ものコードで壁際の機械と結ばれている。 その機械は、どことなく何かの医療機器を連想させた。
「 ただのびっくり箱だと思って開けたら大間違い。 この箱は、開けようとする人間が最もびっくりするものをホログラムで表示するんだ。 どんな強者でも驚かせることが出来る 」
「 どーしてそんなことが出来るんです? 」
 助手の気安さで、あたしは無邪気に尋ねる。 もちろん博士もそれを予想していて、満足げに説明を始める。
「 この壁際の機器、これが思考スキャナさ。 これで開けようとする人が驚きそうなものを感知する 」
「 えー、心を読んじゃうんですか?」
「 いやあ、SFにあるテレパシーのように心を読める訳じゃない。 ただその時、心に強く念じていることをキャッチするんだな。 説明を受けた後でこの箱を開けようとする人は、こんなものが出てきたらどうしよう、こんなのだったら怖いな、なんて想像するだろう? それを感知してこの箱に送る。 この箱は投影機になっていて、送られてきたイメージを投影するんだ 」
「 でも…びっくり箱なんて、何の役に立つんです? 」
 ずいぶん失礼な質問だが、専門知識には到底及ばないあたしが助手をやってるのは、ともすれば専門家の世界に没入しがちな博士に「凡人の現実的な突っ込み」を入れることも必要だからだ。
 L博士はカラカラと笑い、
「 もちろんこのまま実用化しようってんじゃない。 今言ったように、驚かせるようなものだけじゃなく、調整次第でいろんなお望みのものを感知して投影できる。 今はまだこんな大きさだが、もっと改良していけばいろんな使い方が出来るぞ。 そうしたシステムの売り込みに、まずはびっくり箱で効果を宣伝しようというわけさ 」
 なるほど、と頷いているあたしの眼前に、L博士はいきなり指を突きつけた。
「 そこでだ! 初試験は、君に開けてみてもらおうと思ってね 」
「 ……い、いやです! あたし、そういうのは全然駄目なんです!!」
 言われたとたん、あたしの頭の中には自分にとって怖いものがぞろぞろ沸き出し、あっという間に半泣き状態になって後ずさった。
「 何もそこまで…まあいい、最初は私が開けよう。 そこで、君にはどう見えたか教えて欲しいんだ。 第三者が見たらどうか、ということでね、それで君を呼んだんだ 」
 L博士はちょっと姿勢を正すと、箱の前に立ち、そっと手を置いた。
 ヴン……と壁際の機器がかすかなうなりを上げる。 そして、博士は緊張した面持ちで箱を開けた。
 箱の中には、何も見えなかった。 少し待ってみても、箱は何の反応も示さない。
 博士は当惑した顔であたしを見やり、あたしはプルプルと首を横に振った。
 また箱に視線を戻すと博士はいったん蓋を閉じ、ダイアルや何かをいじって、もう一度蓋を開けた。
 何も出てこなかった。 箱の中は、いつまでも空のままだった。


 それからL博士は猛然と機器を分解し始め、自分の世界に没入していった。
 その博士の顔を見ていて、あたしははたと思い当たった。
 博士にとっていちばん怖いもの…それは、自分の発明が失敗だった、ということだ! それを敏感にキャッチしたびっくり箱が、失敗の振りをしたんだ!
 だけどそれを言うと今度はあたしが実験台にされそうなので、そのことを言い出すことは出来なかった。