万能調味料

「君はなんて可愛いんだ……食べてしまいたいくらいだ…」
 もし万一、彼がそんなことを言ったら、たぶん大笑いしながらはり倒すだろう。 けど、その言葉をナイフとフォークを手にして言われたら、シャレんなんない。
 自慢じゃないけど、あたしは料理が大の苦手だ。 手料理で昔の彼氏を気絶させた前科もある。 だから今の彼が遊びに来ると、既製品やできるだけ手の掛からない品で何とかごまかしてきた。
 でも、やっぱりいつまでもごまかせるものじゃない。
 ところが、その日は一体どうしたことか、嫌がる私に彼はどうしても手料理を作ってくれ、とせがんだ。 そして、本当に美味しそうに一気に食べてしまったのだ。 おまけに、お代わりさえせがんだ。
 嬉しいより前に、あたしでさえ一気に食べるのを躊躇するのに……という不思議さの方が先にあった。
 だから気付いたのだろう。 食べる前に、小さな瓶から何かをさっとふりかけるのを、私は見逃さなかった。
「ねえ、それ何よ?」
 彼は不自然なぐらいにぎょっとし、慌ててその小瓶をポケットに押し込んだ。
「いや、これは……その、何でもないよ……」
「何でもないんだったらどうして隠すのよ!?」
 もしかすると手料理を食べてあたしを喜ばせよう、と思ったのかも知れないけど、その不自然さがかえってあたしを刺激した。
「どうせL博士から、何か変なものでももらってきたんでしょ!」
 L博士というのは、彼の恩師の知り合いで、変テコなものばかり作っているという噂の学者だ。
「どうせそのままじゃあたしの料理なんて食べられないから、万能調味料か何かもらってきたんじゃないの!?」
 興奮したあたしは彼のポケットに手を突っ込んで、小瓶を取り出した。 彼は完全に狼狽して、小瓶をつかんだあたしの腕を取り、もう一方の手で小瓶を取り返そうとした。
 その時 − 小瓶のフタが外れてしまった。 ハッとした彼は思わず手を緩め、その反動で瓶の中身が飛び出してしまった。
「何よ、これ……」
 頭から白い粉をかぶってしまった私は、呆然として彼の方を見た。
 そして、今度はあたしがぎょっとする番だった。 彼の目の色が変わっている。
 彼はテーブルのナイフとフォークをつかむと、言ったのだ。
「君はなんて可愛いんだ……食べてしまいたいくらいだ……」