クリスタル・バタフライ
(テーマ館第35回テーマ「結婚/出逢い」投稿作品)
地球から850光年の惑星ウシャスには、ひときわ目を引く自然現象がある。
この惑星には地球とよく似た大気があり、穏やかな風が常に吹いている。
ときおりその風に乗って、恒星の光を反射してきらきらと光る無数の小片が舞っていくのだ。
その小片は薄い金属質の薄片だが、それが風に舞う様は見る者を紙吹雪のように圧倒し、金属光沢で魅了した。
やがて、この金属片が実は鉱物生命の一種だ、という驚くべき説が発表されると、この金属片は通称
「クリスタル・バタフライ」 と呼ばれるようになった。
恒星間通信社に勤める私が惑星ウシャスに降り立ったのは、この惑星の驚くべき自然を取材する、というためだけではない。
ウシャスの観光地化を目論む大企業の実態を確認するためだった。
惑星ウシャスには、民間人はまだほとんどいない。
宇宙港の柵から一歩足を踏み出すと、コロニーに通じるパイプウェイ以外は一面の荒野が広がっていた。
クリスタル・バタフライの姿は見えない……
「ちょっと、足元に気をつけてよ!」
いきなり背後から大声がした。
「クリスタル・バタフライの幼体がいるかも知れないから」
驚いて振り返ると、作業着姿の若い女性が腰に手をあてて立っていた。
それが、クリスタル・バタフライが鉱物生命の一種だと主張している一人、ツイ助教授との出会いだった。
「今朝の貨物船で来たのね。 K財団の人?」
その夜、私は取材の第一歩としてツイ助教授を訪ねていた。
「いや、汎銀河通信網の者ですよ。 なぜまたK財団と?」
K財団こそが、ウシャスの観光地化を計画している企業なのだ。
「だってあの貨物船もK財団のものじゃない。
それにあなた、K財団と同じ日本の人でしょ?」
助教授は眼鏡の奥から私を鋭く見つめた。
「それはそうですが、K財団とは無縁ですよ。
K財団はウシャスにいろいろ興味を持ってるようですね」
「そうなのよねえ……先月も、クリスタル・バタフライの繁殖地近くにでかいコンテナを打ち込んだり……」
「それは無茶ですな。 観光地化するにしても、自然破壊してしまっては仕方ないでしょうに」
「観光地化?」
「それがK財団の目標でしょう?」
「……まだ証拠はないから、今のところ内緒にしてほしいんだけど……いい?」
私はうなずいて先を促した。
「クリスタル・バタフライが生物の一種だって私たちが発表してから、K財団はとんでもないことを考えたの。
クリスタル・バタフライを地球に運ぼうっていうのよ」
「地球へ? そんなことが……」
「ただ運ぶだけならできるでしょうよ。 でも、クリスタル・バタフライの生態も分かってない現状では、何が起こるか分かったもんじゃないわ……」
それから一ヶ月、私はツイ助教授をはじめ科学者たちとK財団の関係者との双方からいろいろと取材を続けた。
ところが一ヵ月後……K財団の東京本社が、突如として
「美しき異世界の芸術、クリスタル・バタフライの地球移植計画」
を大々的に発表したのだ。
私は科学者たちの了承をとって反対意見の存在を通信社に送ったが、黙殺された。
−そういえば、通信社のスポンサーの一つにK財団のグループ企業があったのだ。
その翌月には、宇宙軍に護衛された専用輸送船がクリスタル・バタフライの移送を開始した。
ところが……
鉱物生命であるクリスタル・バタフライは、意思疎通のためにに微弱な電磁波を発するらしい。
ところが、異なる環境に驚いたクリスタル・バタフライの
「悲鳴」 がシールドから漏れ、予想外の波長が東京湾宇宙港の管制システムを麻痺させ、関東一帯を半日にわたって停電させたのだ。
大きな犠牲と引き換えに計画は中止され、責任問題から経営の傾いたK財団は、ウシャス開発から手を引いた。
かくて、ウシャス研究は科学者主導の堅実なものに落ち着いていった。
教訓。 異なる土地のものを無理やり引き離すとろくなことはない。
むろん地球上でもそれは歴史が証明していることなのだが……。
にわか仕立ての教会の鐘が鳴りわたり、男女が手を組んで歩いてきた。
私がウシャスに来てから初めて見る、ツイ助教授のドレス姿だった。
ウシャスに来て知り合ったという、同僚の技術者との結婚式だ。
祝福には、ウシャスに駐留する人々の過半が集まった。
そして紙吹雪の代わりに、恒星の光を反射してきらきらと光るクリスタル・バタフライの見事な大群が、ウシャスの大地を舞い踊っていった。
このニュースは、私が送った記事で初めて、好意的に掲載された。
こうして私のウシャスでの長期取材は終わりを告げた。