ロボット消火隊

 市民広場のただ中に、大きなステージがしつらえられていた。 防災会社主催の、公開実験場だ。 最近流行のハイテク防災機器が、ごたごたと並んでいる。 会場にはマスコミや一般市民の他、市のお偉方も招かれている。
 駆け出しの若い記者は、見物人の中に以前取材に行ったことのある顔を見つけて駆け寄った。
「L博士! どうも、先日はお世話になりました……」
「ああ、君か」
 と言いつつ、L博士は賢明にも、はて、誰だっけ? という言葉を呑み込んだ。
「今回は博士の発明も何か?」
「いやいや、知り合いの工学部教授が関わってるのでね。 そのお付き合いさ」 そこで博士は声をひそめ、「どうも最近は、私が失敗すると喜ぶ者が多いようでな。 今回は高みの見物だ」
「まーまー、そんだけ注目されてるってことですから……」
 広場の真ん中に置かれた器に、作業服姿の男が何か投げ入れた。 するとたちまち、激しい炎が上がり始める。
 やがて別の男が、器の中で燃えさかる炎に向けて消火器をかまえた。 すると消火器のノズルからピッと音がし、同時に男がハンドルを引いて、ノズルから消火剤がほとばしった。 程なく炎は衰え、白煙を上げて鎮火した。
「ただいまご覧頂きましたように……」 防災会社の社員が説明を始める。 「この消火器先端にあるセンサーは、火勢分布を検知・解析して、もっとも効果的に消火できるノズルの方向を計算し、音で知らせてくれます。 一部の消防隊にはすでに導入されていますが、一般の方にご使用いただくには、やはりノズルの方向を知らせるだけでは、大きなメリットとはなりませんでした。 また、たとえセンサーの計算上は効果的であっても、そこに近づくのが危険なケースも往々にしてありました。
 そこで私どもが考えましたのは、単に適切なノズルの向きを知らせるだけではなく、消火剤の噴射も自動化してしまおう、そして最終的には消火活動そのものをロボット化しよう、ということでした。 当社技術陣の鋭意研究により、ついにそれが実現したのです!」
 会場に現れたのは、まるで小さな戦車だった。 消火剤がつまったタンクから、消火剤を噴射するノズルが砲身のように突き出し、それらがキャタピラの上に乗っている。 その戦車が3台、ガタピシと登場した。
「このロボットはむろん1台でも効果的に活躍いたしますが、こうして複数台で行動すれば、作業分担でより確実な消火活動ができます。
 火勢分布によりノズルの方向を決めるこれまでの方法の他、新たな火元の発生 − すなわち急激な温度上昇を検知すると、そこに延焼があったものと判断し、手近の1台がそちらの消火に回る。 この分担により、延焼防止をも期待できるのです……」
 会場には屋内の実物大模型が運び込まれた。 障子やカーテンなど、いかにもといった調度品がセットされている。 部屋の中央にある金属の器から小さな火柱が上がり、すぐ炎が広がり始める。
 ロボット消火隊のスイッチが入り、3台は一斉に消火剤を噴射し始めた。 やがてカーテンに炎が燃え移り、天井へと駆け登ろうとする。
 が、左側のロボットの砲塔がくるりと旋回し、カーテンめがけて消火剤を噴射した。 延焼防止の実演に、見物人から拍手が起こった。
 今度は右側にいたロボットの砲塔が、くるりと旋回した。 ところがその方向は火元とは違った。
「あっ、いかん!」
 背後でL博士が小さく叫び、記者の袖を引っ張ったような気がした。 しかし彼は記者根性で眼は離さないまま、博士に何事かと問い返そうとした。
 だがその直前、彼の目の前は、突如まっ白い霧に満たされていた。
 あらぬ方向へ噴射された白い霧から見物人がわっと逃げ出した後 − そこには、見物人の一人がライターと煙草を手に、真っ白になって突っ立っていた。