ゴキトリソウ

「 これが、そのゴキトリソウですか?」
 私はその奇妙な植物を指さし、L博士を振り返った。 手のひら大の小さな鉢には、砂の代わりに液肥が一杯に張られ、その中に食虫植物のハエトリソウによく似た植物が鎮座している。 ただハエトリソウと異なるのは、ハエを捕まえるあの二枚貝のような捕虫葉の大きさが倍以上もあることだ。
「 その通り。 ハエトリソウのごとくゴキブリを捕まえる、名付けてゴキトリソウだよ 」
「 ゴキブリがいつも都合良くここに入ってくれますかね?」
 L博士はニヤリと笑って説明を始めた。 何でも、ハエトリソウの突然変異種を固定し、虫を捕まえる二枚貝様の葉の中から、ゴキブリを誘引するフェロモン類似物質を分泌させる遺伝子を組み込んだのだという。 要するに昔からある何とかホイホイ等と似た原理だ。
「 しかし、やはり待っているだけでは効率が悪い。 何と言っても他に食べ物がいくらでもあると、引き寄せられないだろう? それでだ、ここが大発明なんだがね。 こいつは自分からゴキブリを探して歩くんだよ!」
 そんなアホな…と思ったが、暗くした実験室の中で、実際にゴキトリソウが動き出してシャーレのゴキブリを捕まえる様を赤外線モニターで見せられると、信じる他なかった。 もちろんゴキブリを追いかけ回すようなスピードは出るわけがないが、ゴキブリのそばや通り道まで移動してそこで待ちかまえるのだ。
「 あまり知られてないが、植物ってのは結構よく動くんだよ。 ハエトリソウやオジギソウはよく知られているし、媒介昆虫を雄しべでひっぱたくハンマーオーキッドのように、特定の器官を見て分かるほどのスピードで動かせる植物は沢山ある。
 そこでだ。 そういった運動する植物組織を研究し、植物体全体が無理なく動くような運動組織を、知り合いと一緒に研究してきたんだ。 知り合いはもっと別種の運動植物を開発中だが、私はたまたまハエトリソウの変異種を持ってたんでね。 その応用でゴキトリソウを作りだしたというわけだ。
 幾つかの企業に売り込もうとしてるところだが、長いつきあいだ、君のところもどうだね? 特別にモニターとして一つ貸してあげよう。 君のところのゴキブリをどれだけ捕まえてくれるか、体験してくれたまえ 」
 それから半月ほどで、夜中に我が家を闊歩していたゴキブリはまったく姿を見なくなってしまった。 おまけにある日、ゴキトリソウに芽が出ているのを見つけた。 間もなく幾つかの芽が親株から離れ、そいつらもどんどん大きくなっていく。 悔しいが、我が家には彼らにとっての栄養がよほど豊富にあったらしい。
 だが、とうとう我が家の獲物は捕り尽くしてしまったのだろうか、隣家で前夜に緑色のヘンなものが動いていった、という騒ぎがあり、明日にはL博士に返そう、と思っていた夜中…。
 ふと目覚めた私が見たのは、豆電球の薄明かりの中、手や足にかじりつく幾つものゴキトリソウだった…。