撃滅! 宇宙イナゴ
会談場に現れた異星人は、我々の風習をも研究したのだろうか、名刺のつもりらしいカードを差し出して深々とお辞儀をした。
「実は……」 彼らの持参した翻訳機から流暢な言葉が流れ出す。
「今回お伺いしましたのは、“宇宙イナゴ”
に対する協同対策をお願いするためなのです」
「宇宙イナゴ…?」 史上初のファーストコンタクトにしては予想外の内容に、我々は顔を見合わせた。
「ええ……」 と異星人は深刻そうに − といっても異星人のことだから、本当にそういう意味の表情なのか、あるいは我々に通じやすい表情を演出しているのか……。
「あなた方はまだ宇宙航行技術を確立して間もないのでご存じないでしょうが、あなた方の近くの恒星系に棲息する生命体の通称です。
彼らは我々に比べてほとんど知性は持っていませんが、その旺盛な繁殖力で生まれた星系を席巻し、あらゆる資源を食い潰していきました。
まるで、彼らの通り過ぎた後には草一本残らないというイナゴのように……。
これが彼らの星系だけに留まっている内はまだよかったのですが、最近の調査では、驚くべきことに金属の殻をかぶって恒星間航行をしかねない進化を遂げつつあることが分かったのです」
「まさか…文明も持たぬ生命が宇宙航行を?」
「そうです。 生命の進化というのは驚くべき可能性を実現してしまうものです。
銀河の中心近傍には、我々のような文明はないのに時の流れに干渉してしまうエネルギー型生命だって発見されています。
彼ら宇宙イナゴにしても、故郷が満杯に近づきつつあるという逼迫感からそのような進化を遂げてしまったのでしょう」
あるいはそんなものかも知れない。 そういえば無効分散といって、移動先で繁殖できる保証は何もないのにどんどん海流へ乗って拡散を続ける魚は沢山いる。
それから数がどんどん増えると、群をなしてやみくもに海へ突っ込む動物の話も聞いたことがある。
「宇宙イナゴがここへ来れば、恐らくこの地も彼らに徹底的に食い荒らされるでしょう。
さらに他の星系も。 それを看過する事は出来ません。
といって、たとえ他者にとって不都合な生命であっても、一方的に討ち滅ぼすわけにもいきません。
そこで……他者に迷惑をかけない限りは彼らの星系では何をしても構わない、ということで、現在の棲息宙域に封じ込めることを検討しています」
「それで……私たちはどのようにすれば……」
「封じ込めの手段については、全面的に我々にお任せ下さい。
ただ、あなた方の星系は宇宙イナゴの棲息宙域へ向かうのに非常に便利なポイントにあります。
そこでワープルートの開設、外惑星への寄港許可、それから少しばかりの物資・エネルギー提供をお願いしたいのです……」
それからしばらく、政府内部ではかなり激しい議論がわき起こった。
表だっては口にされなかったが、宇宙イナゴに食い潰されるのを回避する代わりに異星人に搾取されるのではないか、という疑念を誰もが多少なりとも抱いていたのだ。
しかし会談を重ね、代表団が異星人の船で宇宙イナゴの状況を実地見聞するに及び、ついに政府は協力の決定を下した。
封じ込め作戦の大船団が外惑星に到着し、我が方の同行団と共に宇宙イナゴの棲息宙域へと飛び立っていった。
地球連邦肝いりの新規恒星間開発計画に基づいて編成され、恒星間宇宙へ放たれた幾つもの資源探査用調査船団がことごとく行方を絶ったのは、それから間もなくのことであった。