紙飛行機
   (テーマ館第41回テーマ 「飛行機」 投稿作品)

「わーい、飛んだ飛んだ〜!」
 河原の土手に並んだ小学生たちの手元から、いっせいに紙飛行機が飛び立った。 紙飛行機は様々な軌跡を描きながら、土手の斜面を滑空していく。
「やった、俺のがいちばん遠くまで飛んだぞ!」
 ガキ大将格の大柄な子が、すぐに飛び出して紙飛行機を拾いに駆け出す。
「やーい、ショウタはまたビリだぜ!」
 小学生の中でもいちばん小柄なショウタの紙飛行機は、彼の手を離れてすぐ、きりもみ状態で落ちていた。
 何回か飛ばしたり新しく飛行機を折ったりしても、いつも決まってショウタの飛行機はビリだった。 
 やがてショウタは一人、皆から離れて座り込んでいた。
 そこへ担任の先生が近づいてきた。 ショウタが泣きつくと、先生は優しくショウタの頭をなでて一枚の紙を取り出した。
「ほら、ショウちゃん、この紙で飛行機を折ってごらんなさい」
「何度やっても同じだよう……」
「ダメよ、あきらめちゃ。次も同じだってどうして分かるの?」
 ショウタは半べそをかきながらも、その紙で飛行機を折り始めた。 相変わらず不器用で、左右もよく揃っていない。
 それでも何とか折り終えると、ショウタはまた他の子供たちと一緒に土手の上に立った。
「そぉれ!」
 いっせいに白い飛行機が宙に舞う。 あるものは単純な放物線で落下し、あるものは風に乗ってふわりと浮かび上がり……。
 歓声が上がった。 たった2機だけ、風に乗ってぐんぐん距離を伸ばしていく。 一つはガキ大将の、そしてもう一つは……
「おい、あれショウタのやつだぜ!」
 子供たちの歓声を受けながら、2機の飛行機は飛び続けた。 やがてガキ大将の飛行機が失速し、草むらに消えた。 ショウタの飛行機はなお数瞬滑空してから、やっと砂地に着地した。
 自分の飛行機のことも忘れ、息を切らせながら子供たちが駆け寄っていく。 当のショウタはやはりビリで、みんなより後に飛行機に追いついた。
 自分でも信じられない、という風に拾い上げた紙飛行機を眺めていると、ガキ大将がぬっと手を伸ばした。
「貸せ!」
 ガキ大将はショウタの手から紙飛行機を取り上げて眺め回したが、どう見ても普通の紙を不器用に折っただけのものだった。
 次にガキ大将がどんな行動に出るか − 子供たちがハラハラして見守っていると、先生の言葉が飛んだ。
「ハイ、もう時間ですよ! 学校に戻りますからね。 みんな自分の飛行機を拾って。 ゴミも残しちゃダメよ。ほら、飛行機を返してあげなさい」
 先生に言われて、ガキ大将は黙って紙飛行機をショウタに返した。


「先生、ありがとう!」
 学校に戻ると、ショウタは満面の笑みを浮かべて先生に紙飛行機を差し出した。
「これ、どうしてあんなに良く飛ぶんですか? 変わった紙なんですか?」
 先生はショウタの耳に口を近づけた。
「それはね、式神なの」
「シキガミ? 敷き紙……?」
 先生はくすりと笑って首を横に振った。
「大きくなったらわかるわ。その紙は大切に持ってらっしゃい」


 大きくなってからも、翔太はあの時先生からもらった紙を大切にとっておいた。 「式神」 という意味も中学の頃には知ったが、無論そのまま信じることはしなかった。 どこまでが本当かも定かではない小さい頃の記憶の中で、たぶん偶然だったんだろう、と思っていた。
 それでも、翔太はまるでお守りのようにその紙を身近に置いていた。 小学生の頃から、とんでもない幸運はない代わりに、ひどい不幸にも出会わなかった。 そんな不思議とバランスの取れた少年期は、その紙が守ってくれたためのような気がしていた。
 ある日、翔太はもうはるか昔のこととなった思い出の河原に立っていた。
 河原から見る街の風景はすっかり変わっている。 だが、上を見上げればあの時と変わらぬ青い空が広がっていた。
 鞄から取り出したクリアファイルに、あの紙が挟んである。あの時飛行機を折った折り目がそのまま、今も残っている。
 この紙がもう一度飛びたがっている、ふとそんな気がした
 翔太は紙を取り出し、飛行機を折り始めた。 小さい頃の折り目を見ると、如何に不器用だったかよく分かる。 それでも精一杯がんばって折ったのだ。
 完成した紙飛行機を手に、翔太は立ち上がった。 さっき頭上を通過していったジェット機の飛行機雲が空を横断している。 その飛行機が飛んでいった方向へ思いっきり飛ばした。
 風がほとんどないにも関わらず、紙飛行機はなめらかな軌跡を描いて上昇を始めた。 まるでグライダーのようにやや傾きながらすうっと旋回し、さらに高度を上げていく。
 翔太は驚いて飛行機の飛翔を見つめたが、やがて満面の笑みを浮かべた。 紙飛行機の想い出をきっかけに、幼い頃の様々な想い出がわき上がって来たのだ。 あの頃は良かった。 だが、今だって悪くないじゃないか。 あの時と同じように、青い空の下で紙飛行機を追いかける今だって。
 沖合いのメガフロート空港から飛び立った最新鋭の圏外ロケット機が加速しつつ天頂めがけて駆け上がっていく。 その巨大な機体が反射する光に負けないぐらい白く輝きながら、紙飛行機はどんどん上昇していった。
 これまで自分を見守っていてくれたものの、新たな旅立ちのような気がした。 そして、それは翔太自身の新たな出発でもあった。
「ありがとう!」 翔太が飛行機に向かって叫ぶと、まるで意志を持っているかのように紙飛行機はくるりと輪を描いた。 そして紺碧の青空へ吸い込まれるように、さらに昇っていく。
「ありがとう……」
 翔太は青空に向かっていつまでも手を振っていた。


後 記
 しのす様HP「MIG」 第41回テーマは「飛行機」。 飛行機と聞くと、事故とか環境問題とか戦争とかどうしてもネガティブな連想をしてしまうので、そっちに行かないように足りない頭を振り絞って辿り着いたのが紙飛行機でした。 ただ、まったく偶然にも私の直前に「紙飛行機」というタイトルで投稿された方がおられましたので、投稿時は別のタイトルになっています。
 しかしこの作品を投稿してからわずか3日後、2001年9月11日に民間機をハイジャックして世界貿易センタービルやペンタゴンに突っ込むという、これほどムチャクチャな行為があろうかという、ひどい事件が起こってしまいました。 現実の世界がかくも辛く悲しいからこそ、フィクションの世界では無意味に殺し合ったりドロドロな心理を描いたりするより、もっともっとあったかいもんにしたいものだと思ってるのですが、なかなか難しいものですね。


SFライブラリへ戻る