メデューサの石像

 星間古美術商 《アレックス商会》 に男が怪しげな石像を持ち込んできたのは、もう一年も前のことだった。
 様々な恒星系の遺跡や化石を取り引きする星間古美術商には、怪しげな取り引きも多い。 取引の禁止や制限がある星系国家からも様々な手を使って持ち出し、需要の多い種族や国家へ売り込むことだってある。 こうしたものを欲しがるのはやはり地球系が多く、そのため地球人のアレックスが経営する店には怪しげな持ち込みも多かった。
「ツァイト宙域の惑星メデューサに沢山ある、人間そっくりの石像です」 その男はちっぽけな個人宇宙船で一体だけ運んできたという石像を、秘密オフィスに運び込んだ。 防御機構が反応しなかったので、男にも石像にもとりあえず危険はなさそうだった。
 男はルルガ・カと名乗った。 ルルガ姓はトルーガ人に多い。 トルーガ人は地球人そっくりで、しかも地球人に負けず劣らず商魂たくましい種族だ。 訊いてみると、案の定トルーガ人と地球人の混血だった。 地球語がどことなくぎこちないのも、そのせいだろう。
 ルルガ・カの持ち込んだ石像はちょうど人間ぐらいの背丈で、確かにどことなく人間の姿をしていた。 しかも荒削りにもかかわらず、人間の像だと思ってみれば、なかなか魅力的な石像だ。 例えば子供が像を作れば、細部はいいかげんでも全体として躍動感のある良い作品だ、と言われることがある。 ちょうどそんな感じだった。
「これは……自然にこんな形になったのですか?」
「ええ、そうです」
「しかし沢山ある、とおっしゃいましたね?」
「そうなんですよ。 この惑星のある谷間には、自然にできた人間そっくりの石柱がごろごろあるんです。 で、まあそれが惑星の俗名メデューサの由来でもあるんですが。 この惑星は辺境過ぎて星間連盟の版図にも入っていませんし、生命体も存在していません。 したがって持ち出しには法的問題は一切ありません。 この石像にはいろんなバリエーションもあります。 いかがでしょうか」
 一晩考えさせてくれ、と言ってアレックスはルルガ・カを帰らせた。 ものにもよるが、まったく未知のものを扱う場合には軽々しく即決はしない。
 彼は石像を見ながら考え込んだ。
 この石像はなんで人間そっくりなのか? しかも生命体が存在しない惑星に。 偶然とは思えない。 しかもそれがごろごろあると言うではないか。
 メデューサといえば、古代地球の神話に出てくる魔女で、見る者を石像に変えてしまう化け物だ。 まさか……ずっと昔に人間が住んでいて、何者かによって石に変えられた……。
 いや、そんなことはまずない。 星間連盟のデータバンクには確かにこの惑星が登録されている。 そんなことがあったとすれば、何か記されているか、さもなくば立入禁止になっているかだ。 だが、メデューサという俗名は載ってないし、石像のことすら触れられていない。 何一つ特徴のない惑星だと記述されているのだ。 そんな石像がごろごろしているなら、観光地にでもなりそうなものだが……。
 まあ今や地球系の人類主権宙域だけでも数千、星間連盟全体では何十万もの惑星がある。 そんな辺境にまで誰も注意を払わないのかも知れないが……。
 その惑星に関連するデータを引き出している内に、彼ははっとして手を止めた。 今日来た男の名を見つけたのだ。 50地球年も前のローカルニュース。 トルーガ人の探検隊がこの惑星を訪れ、消息を絶っていた。 その中に、ルルガ・カの名前があったのである。


「ああ、昔のニュースをご覧になりましたか」 翌朝、アレックスの指摘に対してルルガ・カは屈託なく笑った。
「確かにメデューサで船が故障しましてね。 自己増殖宇宙船が成長して復活するまで、メデューサに足止めを食ってたんです。 もう本国とは連絡を取りましたから、我々が無事だったことは故郷の人々にも伝わっているはずです。 トルーガは辺境ですからねえ。 そのニュースはまだ中央には伝わってないかも知れません」
「だったらまずは、すぐ故郷に帰るものじゃないのですか?」
「私の体には四分の三、トルーガ人の血が流れています。 トルーガ人は地球人よりはるかに長命ですからね。 お互い気長なもんです。 それに、我々は探検隊といっても学術目的ではなく、こうしたものでヒトフサ……いや、ヒトヤマですかな? あてよう、という目的だったもんで、せっかくだから故郷に帰る前に、こうした取り引きをまとめて……ええ、何て言うか、そう、ニシキを飾ろう、と言うわけでして」
 矛盾はなさそうだ……確かにトルーガ人はそんなものかも知れないが……。
 しかしなお引っかかるものを感じ、せっかく持ち込んだ一体は買い取るが、今後の取り引きは保留する旨を伝えた。 しかしルルガ・カはさしたる落胆も見せず、代金を受け取ると言った。
「有り難うございます。 もしも将来、お取り引きいただけるようでしたら、こちらへご連絡下さい。 おそらく一年後ぐらいには……」
 そして彼は奇妙な笑いを浮かべ、去っていった。


 それから数ヶ月間、石像は展示室の奥に置かれていた。 様々な生命や文明・文化の産物が並ぶ展示室の中にあってはそれほど珍しいものでもなく、アレックスも長い間その存在すら忘れていたのだが……。
 久しぶりに展示室を整理していて、彼はぎょっとして手を止めた。
 あの石像……以前は何となく人間に見える程度の荒削りの像だったのに……彫りが細かくなって、より人間に近い顔になっている!
 驚愕したアレックスは石像を見やすいところへ移動させ、様々な観察を始めた。 表面を少しだけ削って分析を依頼し、また内部をスキャンしたりした。 しかし、詳しいことは分からなかった。 そうする内にも、ごくゆっくりと石像はリアルになっていく……。
 一年後……石像の顔はまるで一流の彫刻家が作ったかのように、豊かな表情の人間の顔になっていた。 しかも、ただ人間というわけではない。 アレックスの顔にそっくりだった!
 破棄しよう!
 いいようのない恐怖を感じたアレックスは、石像を細かく分割するため、工作室へ移動させようとした。
 石像に手をかけて、はっと気付いた。 石像全体に細かいひびが入っている。 まるで彼が壊そうとするのに気付いたように……。 見る見るうちにひびは広がっていき、やがてゆで卵の殻を割るように、ぱらぱらと表面が剥離していった。
 目の前に、もう一人のアレックスがいた。 石像の表面が全部剥がれ落ちた中から、彼と同じ姿形の人間が現れたのだ。 そいつは生きていた。 目をきょろきょろと動かし、続いて彼の方に顔を向けた。
「おまえは……誰だ!?」アレックスはこわばった唇でかろうじて言った。
「おまえは……誰だ」 そいつはそっくりの口調で言葉を反芻する。 「おまえは誰だ。 誰だ誰だ……」
 恐怖に駆られたアレックスは、大声を上げて手にした道具を振りかざし、そいつに殴りかかった。 すると、そいつも彼とそっくりの大声を上げ、両手をあげて彼に向かって来た。
 数度のぶつかり合い。 気付くと、道具は相手の手に渡っていた。
 頭部に激しい衝撃。 アレックスは頭を抱えて転がった。 指の間をなま暖かい液体が流れ落ちる。 目の端に、やはり同じように頭を抱えて転がる姿が映る。 しかしアレックスが完全に伸びてしまうと、そいつは平然と起き上がった。 彼の側まで歩み寄り、観察するかのように彼を見おろす。
 − これは……新手の侵略か? 石像として侵入し、いつかその持ち主と入れ替わる……。
 − おそらく違うだろう。 こいつは何の策略も計算もなく、ただ私の真似をしているのだ。 生命か何かは知らないが、とにかくそういう真似をするだけの存在なのだ。 この一年で外見の模倣を完了し、これから行動や言葉を模倣しようとしている……。 ああ……そんな奴をメデューサから持ち出しさえしなければ……。
 まてよ……一年前に来たあの男……ルルガ・カは、このことを知っているのか?
 ぎょっとした彼は起き上がろうとしたが、頭部の痛みに再び突っ伏した。 すぐに治療を受けなければ、助かりそうもない。 しかし体が動かない。
 − まさか……あの男も石像に入れ替わられたコピーではなかったのか!? メデューサに何でも真似をするだけの存在がいて……トルーガ探検隊の遭難で、そいつはトルーガ人をまね始めた。 だから、それまでなかった人間似の石像が登場し……その中でもっとも良くできたコピーが、トルーガ人の商魂まで真似て、売りに来たのか……!?
 だが、それ以上思考することはできなかった。 意識が急速に遠のいていく。 最後に彼が見たのは、しょっちゅう自分がしているようにどこかへ通話しようとしている、彼自身の後ろ姿だった。