戦 場

   (テーマ館第29回テーマ「死にたくない」投稿作品)

 雨のしずくが頬を打ち、俺はうっすらと眼を開けた。
(死にたくない……)
 だが、体に開いた穴から血が流れ出し、その望みは薄れつつあるのが分かった。
 向こうには先ほど俺が倒した敵兵の死体が横たわり、うつろな目がこちらを見ている。
 − 死にたくないってのかい?
 死体は俺に向かって語りかけてきた。
 − だけど、これはお前たちが望んだことなんだぜ。
(うそだ! 俺たちは戦争なんて望んじゃいなかったんだ!)
 死体の顔が動くわけもないが、その顔が笑ったような気がした。
 − お前たちが現政権を選んだ。 その、お前たちの選んだ政治家が始めたことだ。
(俺は選んじゃいない! これまで選挙なんて行かなかったんだ!)
 − だったら同じことさ。 棄権ってことは、予め当選者を認めたってことさ。
 − 死にたくない、か……。 それで良いんだ。
 − 難しい理屈なんていりゃあしない。 それで選べばよかったんだ……。
 雨が地面を打つ音が激しくなり始める。 死体の声は、雨音がつむぐ幻聴だろうか。
 だが、その内容は反論することが出来なかった。 俺はかろうじて言い返した。
(あんたはどうなんだ。 そっちが仕掛けてきた戦争じゃないか!)
 − 俺の国かい? ダメだったね。 10年ぐらい前から、政治的無関心ってやつが流行してさ。
(だったら……人のことなんて言えないぜ)
 − その通りさ。 なんせ俺は、お前の10年後なんだからな。
「何だって!?」
 俺は口に出して叫んでいた。 目の前の死体の顔が、たしかに俺の顔になっている!
「う、う、うそだ!!」
 驚きと恐怖に駆られて、俺は体を起こした。 少しでも死体から遠ざかろうと、這い始める。
 − フッ、それだけの元気があれば大丈夫さ。
 パニック状態で逃げ出そうとする俺の背後から、死体は言葉を投げかけてきた。
 − あばよ、10年後を楽しみにしてるぜ……


 まぶしい光に、俺はうっすらと瞼を開けた。
 カーテンから射し込む朝日。 薄汚れたベッド。
(夢……?)
 ゆっくり起きあがって見回す。 いつもと同じ、自分の部屋。
(そういえば今日は……)
 それまですっかり忘れていたことを思いだし、机の上をかき回した。 未開封のままほったらかしてあった、投票整理券の入った封筒を見つけると、俺は出掛けるための身支度を始めた。