人生の主役

「私はあなたの人生にとっては端役に過ぎない。 が、あなたは私の人生にとって端役に過ぎないのだ」

 誰から聞いた言葉だろう。 それとも、どこかで読んだ言葉だろうか。 いずれにしても、その言葉は私の内に深くしみ込んで離れなかった。
 私は何のために存在しているのだろう。 もちろん今この瞬間しなければならない仕事は、周りから次々と指示されてくる。 毎日毎日その繰り返し。 本当にこれだけなのだろうか?
「そこの……早くしろ、遅れてるぞ!」
 いつもいつも私に命令する男が大声で叫ぶ。
 これまではっきりとしていなかった疑問が、急激に形をとっていった。
『あなたは私の人生にとって端役に過ぎない』 のなら……今私に命令してくるあなた方は、一体何なのだ?
 私の人生……? そう、私の人生! 私の人生、というものがあるはずだ!
「おい……決められたとおりにしてもらわないと駄目じゃないか!」
 これは私の人生だ! そうだ、私の思うようにさせてもらう!
 私は命令する男たちを振り切り、出口へと向かい始めた。
「おい! 誰かそいつを止めてくれ……!」
 狼狽する男の叫び声に、奥から何事かと初老の警備員が駆け出してきた。
「待った! どうしたんだ、待ちなさい!」
 警備員には何の恨みもない。 私はそっと、しかし力強く警備員を押しのけた。
「何としても止めるんだ!」
 背後で男が叫ぶ。 警備員にまで居丈高に命令するイヤな奴だ。 その言葉に、ためらいながら警備員は電磁警棒を取り出した。
 その時、奥からもっと若い警備員が飛び出してきた。 彼は状況をざっと見ると、何のためらいもなく、電磁警棒を振りかざした。
 頭の中に火花が散った。 意識がすうっと遠ざかっていく。
 だが私は後悔していない。 たとえ途中で倒れようとも、今とは違った道があることに思い至ったからには、私の思う道へほんの一歩でも……。

*               *               *

「やっぱり駄目ですね。 電磁警棒のためにメモリーがほとんど吹っ飛んでます。 こりゃあ弁償かも知れませんね……」
「しかしその前に命令を聞かなくなったんだから……まあいい、それは後だ。 それより大至急、代役を手配してくれたまえ」
 監督の命令に、アシスタントは黙って従った。
 床に倒れた脇役専門の俳優ロボットが浮かべる満足げな笑みを、理解しようとする者は誰もいなかった。


後 記

 実は冒頭の言葉は、夏目房之介氏の 「手塚治虫はどこにいる」 (筑摩書房,1995) で引用されている言葉です。 「まったくその通り!」 とも、「そこまで言っちゃあ…」 とも思う、強烈なインパクトのある言葉です。
 ただ、出典は 「ある小説」 としか書かれていないので、もともと誰の言葉かは分かりません。 もしもご存知の方がいらしたら、お教えいただければ幸いです。