七夕伝説


 むかしむかし、天の川の西には織姫が、東には牛飼いの彦星が住んでおりました。 二人は恋仲になったのですが、一緒にいると仕事が進まなかったため、怒った天帝は再び二人を天の川の両岸に遠ざけてしまいました。
 彦星に会えなくなった織姫は嘆き悲しみました。 それを見て可哀想に思った天帝は、一年に一度、7月7日だけ、天の川を渡って二人が逢うことを許したのです。 でも、7月7日が雨になると天の川を渡れず、来年まで会えなくなってしまいます。 するとそこへカササギの群れが飛んできて、天の川に橋を架けてくれたので、雨の日でも二人は逢うことができました。

「カササギ? ぼくらの船の名前だね」
「そうよ。 もともとは鳥の名前なの。 さあ、まだ続きがあるからね」

 ところがある時、二人の住む場所が、大変な災害に見舞われました。 いつまでもこの土地に住めない、と感じた彦星は、新しい土地を探す旅に出ようと考えました。 それまでも一年に一回しか会えなかったのに、旅に出るとさらに長い間会えなくなってしまいます。 それでも皆のためと、織姫は笑顔で彦星を送り出しました。 カササギの群れが彦星を導き、彦星は天の川から旅立っていきました。
 だから今見える彦星は、天の川と反対側の寂しいところにいます。 でも織姫は、また会える時を信じて、遠くにいる彦星にも見えるようひときわ明るく輝いているのです。

「ふーん。 それで、あの星が織姫なの?」
「そう。 ヴェガっていう名前の星なんだけどね」
「それで、あれが彦星? 織姫と彦星って、空の反対側にあるけど、昔はもっと天の川に近いところにいたんだね。 新しい土地を探すために、彦星があんなところまで移動しちゃったのかあ」

 もうそろそろ……本当のことを伝えなければならないだろう。 この自航式スペースコロニーで生まれ育った子供たちに……ここはどこか、ということを。 なぜ私たちがここにいるのかを。 移動したのは彦星ではなく、私たち自身なのだ、ということを。 昔、彦星とはアルタイルという名前の恒星だった。 今、私たちが彦星と呼ぶ星は、祖先の生まれ故郷である太陽系だ、ということを!
 環境破壊、人口爆発、資源の枯渇などにあえぐ地球から、新天地を求めて旅立った彦星こそ、私たちの祖先だったのだ。 そのコロニーは地球と新天地との掛け橋となるべく、七夕伝説にかけて 《カササギ》 と名付けられた。 そして、その七夕伝説の主役である彦星 − 恒星アルタイルを目指して出航したのだ。
 私たちの親の代になって、やっと 《カササギ》 はアルタイルに到着した。 私たち自身が彦星に到着した今、星空の中に七夕伝説の彦星は見当たらない。 その代わり − 七夕の日には、遥かなる祖先の地、太陽が彦星をつとめることになったのだ。 新天地を求める私たちの姿を投影された、新たな彦星伝説となって……。
 記録によれば、旅立った自航式コロニーは十数隻あり、織姫たるヴェガに向かったコロニーもあったという。 そこでも、立場を変えた伝説がやはり伝えられているのだろうか。 向こうでは、新天地は見つかっただろうか……。
 アルタイル星系には、岩の塊のようなまだ若い惑星系しかなかった。 間もなく、次に目指す恒星系を決定する会議がある。
 子供が寝付いたら、会議の準備をしなくては。 私自身も見たことのない地球に思いを馳せながら……。