1.January 3, 797 U.C.


「長い軍人生活の間、多くの同志を失った。もはや戦争ではなく、和平を求めるときだ」

 西暦の1999年というから、今から実に1600年も昔の言葉だ。
 その時代、人類は未だ宇宙へ進出せず、地球というちっぽけな惑星のみに住んでいた。後に「13日戦争」と呼ばれる全面核戦争を引き起こした北方連合国家 (ノーザン・コンドミニアム;NC) も三大陸合衆国 (ユナイテッド・ステーツ・オヴ・ユーラブリカ;USE) も誕生してはおらず、ちっぽけな地球の上を百以上に分割し、互いに争っていたという。
 もっとも、NCやUSEは、一つの国家というより多数国家の連合体であり、その原型はずっと前から存在したという歴史家もいる。例えばD.シンクレアなどは、その頃の記録に頻出するNATOだのCCCPだのに起源を求めているのだが……。何しろ1600年も昔のことなので、確証はない。
 ともかく、その西暦1999年、地球上の国家の一つで選ばれた新首相が述べた言葉だそうだ。
 その言葉を引用した退役軍人の演説が終わった。実に1600年もの間、人類の本質は何ら変わっていないという皮肉だろうか。
 宇宙暦797年1月3日。
 テルヌーゼンで行われている反戦市民連合の新年集会の映像だ。
 間もなく、演説台には美貌の女性が現れた。
 ジェシカ・エドワーズ女史。昨年のテルヌーゼン補欠選挙で、テロに倒れた反戦市民連合のジェームス・ソーンダイク氏の代わりに立候補し、大差で当選を果たした。今や、反戦政治家の急先鋒である。
 アムリッツァの大敗は、同盟全土に無数の悲劇を生みだした。帰還できなかった二千万の将兵。その何倍にも及ぶ家族や友人知人。それらの人々に、エドワーズ女史の演説は少しずつ根を下ろし始めていた。テルヌーゼンでの反戦平和集会の映像が、こうして辺境のホリタの元に届くだけでも大きな変化であった。
 ラムビス自治政府主催の新年祝賀会に「お義理」で出席してきたホリタは、自室でぼんやりとTV画面を眺めていた。政治的な思惑の見え隠れする祝賀会は疲れるばかりだった。市井の市民の大騒ぎの方がむしろ面白い。
 夜には昔ながらの古典的な花火が次々と打ち上げられる。ただし、酸素分圧の関係で本物ではない。光や音響、大気の振動まで忠実に再現されたものだ。まあもっとも、いくら何発でも打ち上げられるといっても、3日目になるとそろそろ飽きが来るものだが……。

 ドアの外からベティ・イーランド中尉の入室を求める声が聞こえた。
「どうぞ。開いてるよ」
 入ってきたイーランド中尉の顔が、いつもよりこわばっていることにホリタは気付いた。
「あの……閣下、よろしいでしょうか」
「うん?」
「実はご相談が……」
 ホリタはTVのリモコンに手を伸ばしかけた。するとイーランド中尉が、
「あの、閣下!」
 思わず手を止め、イーランド中尉の顔を見る。
「あの……その演説なんですけど、いかが思われます?」
 ホリタはTV画面と中尉を交互に見やった。
「……きみの相談と関係あること、なんだね?」
 うなずくイーランド中尉の顔を見ながら、思い至った。
 彼女の生まれ故郷は……このテルヌーゼンだったはずだ。


          

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