1.
「一人殺せば犯罪者で、100万人殺せば英雄だ」
西暦2689年、植民星からの搾取を続ける地球政府に対して立ち上がろうとしたシリウス星系第6惑星ロンドリーナは、地球軍の先制攻撃で電撃的に制圧された。
この時、地球軍将兵は植民星の富を掠奪し、戦闘員・非戦闘員を問わず60万人もの人々を虐殺した。
翌2690年、命がけの取材を敢行した報道記者の告発により、地球軍将兵の蛮行に対する軍法会議が、地球のブリスベーンで開かれる。
ところが軍法会議は告発された将兵を無罪とし、逆に告発した記者を名誉毀損と断定した。
無罪となった軍人たちは、軍歌を合唱しながら英雄気取りでメインストリートを行進した。
その醜悪極まりない 「英雄」 たちに向かって投げかけられた言葉だと伝えられている。
もっともその言葉は本人たちには届かず、発言者の名前も伝わっていない。
その後、同じロンドリーナのラグランシティは二度にわたって地球軍の掠奪と虐殺にさらされた。
「染血の夜」 と伝えられる一度目では90万人、さらに
「再掃討」 として地球軍が弾圧に乗り出した二回目にも35万人の市民が虐殺された。
その 「染血の夜」 直前まで地球軍の暴走を抑えようとした総司令部作戦局次長クレランボー中将が、作戦局を去るときに残した言葉だという説もある。
だが周知のように、この虐殺はラグラン・グループと呼ばれる4人の復讐者を中心とした組織を生み落とし、西暦2704年、地球は
《黒旗軍》 の全面攻撃で焦土と化した。 「ラグランシティの惨劇は、規模を100倍にして再現された」
と伝えられるその様は、地球の政府・軍幹部にとっては当然の報いであったとしても、道連れにされた数十億の地球市民にとっては酷なことであった。
無論その政府を選んだのは地球市民自身だったのであるが……。
さらに別の説によれば、この言葉は西暦時代の喜劇王、チャールズ・チャップリンという人物の言葉だともいう。
喜劇にしてはずいぶんと辛辣な言葉だが、悲喜劇とも言うべき人類の果てしない愚行の歴史を語るには、喜劇というオブラートが必要不可欠なのかもしれない。
チャップリンには 「独裁者」 という代表作があり、反ルドルフのプロパガンダに利用され、今でも紹介されている。
だがその内容は、為政者の都合のいいように部分的に修正されている、とも言われている。
冒頭の言葉は独裁者のみならず軍隊そのものをも批判することになり、ゆえに現代に伝えられている
「独裁者」 からは削除されたのだ、とまことしやかに噂されているのだ。
一方、この言葉は 「独裁者」 ではなく別の作品にある言葉だとも言われている。
いずれにせよ、現在伝えられているストーリーとチャップリンのオリジナルとの相違点を正確に言い当てられる者は、今の世となってはそれほど多くないであろう……。
チャロウォンクがそんな言葉を思い出したのは、少将への昇進という辞令を受け取ったからだった。
長い軍歴の間に、敵味方無数の兵士たちが彼の周りで死んでいった。
いつでも自分が死者の方に加わる可能性があったのに、運命をつかさどる神か、あるいは偶然をもてあそぶ悪魔の手によって、こうして生き残っている。
大勢の死に関わった者だけが、昇進を果たす。
そんな意地の悪い発想に引きずられる形で、記憶の奥底から浮かび上がってきた言葉だった。
チャロウォンクの場合、一つには第14艦隊ではホリタ少将、ンドイ准将、デュドネイ准将と将官のほとんどが負傷または戦死しており、迫り来る次の戦いで第14艦隊残存兵力の副司令的な役割を伴ってのことであった。
この時期、いわゆるヤン・ファミリーをはじめ比較的大勢の士官が昇進の辞令を受けている。
しかし辺境艦隊出身者の昇進は中央に比べれば少なく、辺境における長年の人事の不行き届きを一掃するまでには至っていない。
「あるいは、特進の前渡しかね……」 そうつぶやいてから同じようなセリフをどこかで聞いたような気もしたが、それがいつ、どこでのことだったかまでは思い出せなかった。
宇宙暦799年2月末。
ホリタ少将はランテマリオ星域会戦で重傷を負い、未だ入院中であった。
そして乗艦 《メムノーン》 も中破し、その艦体をハイネセン第3工廠に浮かべている。
第1辺境艦隊を含む辺境艦隊はすでに解隊され、しかもその多くはランテマリオで失われていた。
本来ならば主役を欠くこの期間ではあるが、
《メムノーン》 に関わった人々の今後を語るためにも、799年2月から4月に至る期間を見逃すことはできない。そしてまた、自由惑星同盟の運命も建国史上最大の岐路を向かえるのである。