1.編入

 宇宙暦796年8月15日。
 自由惑星同盟首都ハイネセンポリスを久々に訪れたホリタ少将は、統合作戦本部の一室で長い間待たされていた。
 第一辺境星域分艦隊の勤務となってから5年。勤務宙域のラムビス星系からは2週間もかかるため、まさに5年ぶりのハイネセンであった。
 今年に入って、自由惑星同盟と銀河帝国との戦いは劇的な展開を見せていた。
 2月のアスターテ星域会戦では、我が軍の第4、第6艦隊が立て続けに敵艦隊に各個撃破されたが、第2艦隊のヤン准将という人物の機転によって第2艦隊は全滅を免れ、数に勝る帝国軍と五分の戦いを繰り広げたという。
 そして5月、そのヤン・ウェンリーがわずか半個艦隊をもって、これまで無数の同盟兵士の血を飲み込んできたイゼルローン要塞を、味方の血を流すことなく陥落せしめた。
 この時は決して大袈裟な表現ではなく、銀河中が驚愕したものだ。ホリタらが辺境の守りに付いている間に、歴史は激動の様相を見せ始めていた。
 我が自由惑星同盟と銀河帝国はイゼルローン回廊を挟んで、すでに150年もの長きにわたって戦争を続けている。その歴史において初めて、イゼルローンが我が方の手に落ちたのだ。
 今回、彼がハイネセンまで呼び出されたのも、この次の作戦に関係あることらしい。半月前から軍の最高幹部がハイネセンに集まっている。それにしても、ホリタ程度に対しては連絡文一通で済みそうなものだが……。
 物思いに耽っていると、ドアがさっと開いた。
 ホリタは条件反射的に立ち上がって敬礼する。
 丁寧に敬礼を返す人物には、見覚えがあった。
 チェン少将。そう、たしか第10艦隊の参謀長。
 第10艦隊。と、いうことは……!
 チェン少将が身体を横にして道をあけると、予想通りの人物が現れた。
 逞しい身体に精悍な顔。浅黒い顔に微笑を浮かべている。
「 お久しぶりです、ウランフ中将……」
 ホリタの声は感激でわずかに震えていた。
 古代騎馬民族の末裔というウランフ中将は、同盟軍の中でもトップクラスの勇将だ。最近はヤン・ウェンリーにスポットがあたっているのも当然だが、ウランフ中将はアレクサンドル・ビュコック提督に継ぐナンバー2の名将だと、ホリタは勝手に信じている。
 ウランフ中将はホリタの前まで来ると、ホリタの肩に左手を置いて、右手を差し出した。ホリタも右手を出し、がっちりと握手を交わす。
「 元気そうで何よりだ、ホリタ少将。幼なじみどうし、楽にしようじゃないか」
 二、三の言葉を交わしてからソファに腰掛け、チェン少将もウランフ中将の隣に腰掛けると、ウランフは改まった表情で切り出した。
「 この数日、次の出征について話し合われていることは、一応秘密ではあるが君も知っていると思う」
 ホリタは黙って頷く。
「 三日前の12日、それが決まった。今日正式に発表されるはずだ。そこで……」
 ウランフは正面からホリタの顔を見据えた。
「 私と一緒に来て欲しい。第一辺境星域分艦隊の半数が、第10艦隊に編入される」
 その言葉を正確に理解するまでに数瞬を要したが、やがてホリタは身体に震えが来るように感じた。
 この自分が……辺境警備一筋だった自分が…! それも我が軍随一の名将、ウランフ提督と共に……!
「 ……こ、光栄です! どのような作戦でありますか!?」
 その時、ウランフの顔には翳りが生じたようであった。
「 ……イゼルローン要塞を橋頭堡とした、帝国領進攻作戦だ。我が軍の8個艦隊が動員される」