ヤマグラルリツバメは今もいるか
2007年1月。 ふと立ち寄った本屋さんで、「絶滅危惧の昆虫事典」 という本が目にとまった。 「改訂・日本の絶滅の恐れのある野生生物−レッドデータブック5 昆虫類」
に挙げられた昆虫393種のうち、100種類を取り上げ、詳しく解説したものである。
本の帯には、かの奥本大三郎先生 (埼玉大学教授・日本昆虫協会会長) の紹介文が。
「自然を保護するという点では誰もが賛成である。ところが何をどう保護すべきか詳しく識せる人は少ない。本書は、レッドデータブックに載せられた虫についての、昆虫愛好家による解説書である。きわめて公平なものと思われる。」
おお、すごい絶賛ではありませんか。
著者:川上洋一氏、東京堂出版、定価2900円
(税抜き)。 うーん、こづかいに限りのある身分なんで
(笑) 買うかどうか迷うなぁ……。
昆虫採集に熱中したのもだいぶ昔のこととなり、細かい知識も薄れてしまったが、特に熱中していた蝶に関するページを見れば、この本のだいたいの姿勢というかスタンスが分かるかもしれない……そう考えて、まずは蝶が紹介されたページをパラパラと斜め読みした。
そしてキマダラルリツバメのページを斜め読みした時 − 「ヤマグラルリツバメ」 という単語に、私の目は釘付けとなった。
そう、拙文「昆虫採集と自然保護」にも引用させていただいた、日本昆虫史に残るべき
(とワタクシ的に信じる) エピソードに登場した名前である。
「ヤマグラルリツバメ」 が最初に掲載されたのは、日本鱗翅学会の機関誌 「やどりが」 107,108号 (1982年) だそうである。あいにく
「やどりが」 誌のこの号は手にしたことが無いので、大変お恥ずかしい話だがその原文を拝読したことは無い。
このエピソードを私が初めて知ったのが、「蝶の入門百科」 (岡田朝雄・松香宏隆、朝日出版社,1986年)
に引用されていたものである。 そこで、この
「蝶の入門百科」 からの引用という形で、拙文に引用させていただいた。
ここにもう一度、引用させていただく。
『先日、所用で久しぶりに鳥取市へ行くことがあり、駅近くのホテルへ泊まったときのことである。
なにげなく置いてあったパンフレットの観光案内図を見て驚いた。
なんと特別指定天然記念物のキマダラルリツバメを鳥と勘違いしてヤマグラルリツバメ生息地と書き、ごていねいにも立派なツバメの絵が描かれていた。
こんな有様では樗谷 (おうちだに) の発生地もいい加減なものだろうと所用を済ませて出掛けてみた。
なんと、昔の深い樹林に覆われた発生地は見事に整備された公園になっており、「天然記念物キマダラルリツバメ発生地」
と書かれた立派な掲示板が空虚にぶら下がっていた。
公園の中にある建物の管理者を捜しあてて、キマダラルリツバメはどの辺にいるのか尋ねてみたところ、小さい人工池のほとりにポツンと一本生えている元気のない桜の大木をさして
「あの木にいる」 と教えてくれた。
あたりは玉砂利、芝生と人の手になる環境で、とてもキマダラルリツバメが棲んでいる気配はなかった。
どうやらもともとこの木で発生していたようで、この木を切らずに置けば蝶は保護できるということになったらしい』
(岡田朝雄・松香宏隆 「蝶の入門百科」 朝日出版社,1986年 より引用)
つまりこの 「ヤマグラルリツバメ」 が“紹介”された (私の知る限りで) 最初の記事は、1982年と実に25年も前 (!) に書かれたものである。
だから、この 「絶滅危惧の昆虫事典」 で懐かしい 「ヤマグラルリツバメ」 の文字を目にした時、私は思わずこの本の奥付を探していた。
初版発行、2006年12月25日。おおー、ほとんど最新刊ともいえそうな最近の本ではありませんか。
本書では 「ヤマグラルリツバメ」 事件を以下のように紹介していた。
『現在発生木のまわりは公園化されてチョウはいなくなり、看板だけが空しく立っている。ご丁寧にも地元の観光パンフレットには、鳥のツバメの絵とともに「ヤマグラルリツバメ生息地」と案内されているそうだ。』
特に引用文献とかはないので、著者か関係者ご自身が確認されたのか、「やどりが」 や 「蝶の入門百科」 以外にも紹介された文献があるのかは分からない。
この引用部分すべてが今現在のことかどうか定かではないが、「案内されている」
と現在形であることから、これは今現在の現状である、と読めなくはない。
ということは、もしかして……。
もしかして、 「ヤマグラルリツバメ」 は決して四半世紀も前の過去のものではなくて、今も健在なのだろうか?
ううむ、もしも 「ヤマグラルリツバメ」 パンフが今もあるのなら、是非とも見てみたい!!
実は昨年の秋、私用で鳥取市に一泊したのだが……もしもこのことを知ってたら、そこら中のパンフ類を探し回っただろうなぁ
(妻にはひんしゅくを買いそうですが ^^;)。
こう書くと、ある意味 「絶滅危惧の昆虫事典」 への揚げ足取りか皮肉に取られてしまうかもしれないが、決してそんな意図は無い。
今も本当に 「ヤマグラルリツバメ」 パンフがあるのなら、誤った紹介を正していただくべく、何度でも取り上げられるべきものである。そしてもし 「ヤマグラルリツバメ」 がすでに訂正された過去のものであるならば、日本の自然保護に関する貴重な教訓として、ぜひとも記憶と記録にとどめるべきエピソードである。
いずれにせよ、もし 「ヤマグラルリツバメ」 パンフが現存しているのなら、ぜひともどこかの博物館などで大切に保管していただきたい。
会社名や個人名が載っているのならそこは隠してでもかまわないから、ぜひとも公開していただきたい。
「ピルトダウン」 や 「ネッシー」 や、注目されながらも結局は実在しないまま
(あるいは実在を証明されないまま) 幻の生き物として消え去った例は枚挙に暇がない。
ほとんどは意図的な創作とか悪意のない見間違いだったりするのだが、その名前は実在の生き物よりもかえって広く認知されたりすることも多い。
「ヤマグラルリツバメ」 も実在しない幻の生き物には違いないが、登場した理由が極めて特徴的である。
そしてこの謎のツバメにも、そんな幻の生物、いわばUMAを追いかけるようなロマンを感じるのである。
(んな大げさな ^^;)
2007.04.29