Introduction - 「銀河英雄伝説」とは


 「銀河英雄伝説」は今から約1600年未来、恒星間宇宙に広がった人類社会を舞台とした、一種のSF小説です。原作は田中芳樹先生。
 また、これを忠実に映像化した、全110話にも及ぶ壮大なアニメビデオや劇場公開映画も製作されています。

 この時代、人類社会は大きく二つ(正確には三つですが)に分裂し、百年以上にわたる恒星間戦争を繰り広げています。専制君主によって統治される銀河帝国と、民主主義を掲げる自由惑星同盟
 物語は、両陣営に生まれた二人の名将を中心に展開していきます。
 この二人の名将を中心として、大勢の人々が織りなす人間ドラマを横糸に、宇宙を舞台とした壮大な歴史ドラマを縦糸にして織りなされる架空の「歴史小説」− それが「銀河英雄伝説」の大枠です。
 「銀英伝」の面白さを例えるなら、例えば「三国志」などの面白さを思い出して頂ければよいのではないでしょうか。もちろん、それだけではない色々な楽しみ方がありますので、また後述したいと思います。


時代背景

 「銀英伝」本編は宇宙暦796年という時代からスタートします。小説ではさらっと描かれるだけなのですが、ここに至るまでの時代背景を概観してみましょう。
 西暦2801年、恒星間宇宙に広がった人類社会は、その中心をアルデバラン星系(実在する恒星。もちろん惑星があるかどうかは今のところ分かりませんが)に移します。そしてこの年を宇宙暦元年と定め、銀河連邦が成立します。
 それからしばらく、人類社会は活気に溢れ、より深宇宙へと拡大していきました。
 しかし、次第に退廃の色が漂いはじめ、人類社会は停滞していきます。
 そんな中で脚光を浴びたのが、宇宙海賊討伐の英雄ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムでした。

「強力な政府を! 強力な指導者を! 社会に秩序と活力を!」

 そう叫ぶルドルフに、閉塞感漂う時代の人々の支持が集まりました。ルドルフは首相となり、ついには宇宙暦310年、銀河帝国を宣言します。そして宇宙暦を廃し、この年を帝国暦元年と定めました。ルドルフの治世は、弱者切り捨てを基本とする苛烈なものでした。民衆の絶大なる支持を受けた英雄が、帝位についてから暴君と化したのです。
 民衆の支持によって誕生した独裁者。この皮肉きわまりない状況が、「銀英伝」の提示する大きな問題の一つになっています。

 帝国暦164年、銀河帝国の圧政にあえぐ人々の中から、脱出して新天地を目指そう、という人々が現れました。アーレ・ハイネセンをリーダーとする40万人は半世紀もの苦難の旅の末、ついに新天地にたどり着きます。人々はこの地で宇宙暦を復活させ、自由惑星同盟が誕生しました。帝国暦で218年、復活した宇宙暦では527年のことです。
 それからしばらく両国は互いの接触なしに発展していきますが、宇宙暦640年(帝国暦331年)ついにダゴン星域で両軍の宇宙艦隊が衝突しました。この戦いは同盟側の圧勝に終わりますが、これが以後百年以上にわたる宇宙戦争の始まりとなりました。
 そして宇宙暦796年(帝国暦487年)、「銀英伝」本編で描かれる時代を迎えます。


二人の英雄

 この時代、銀河帝国は腐敗しきった貴族社会として描かれています。一方の自由惑星同盟はというと、こちらもやはり建国当時の理想は薄れ、救いがたい衆愚政治に陥っています。

 宇宙暦767年(帝国暦458年)、同盟で生を受けたヤン・ウェンリーは、両親を失っていたため、ただで歴史の学べる士官学校戦史科へと進みます。戦争嫌いにも関わらず、軍人へのコースに乗ってしまったのです。
 ところが、歴史が好きだったために古来よりの用兵などにも通じ、本人すらも予想しない武勲を立ててしまいます。以後ヤンはどんどん昇進してしまいますが、もともと戦争が嫌いな彼にとっては、極めて不本意な道でした。

 帝国暦467年(宇宙暦776年)、帝国ではラインハルト・フォン・ミューゼルが誕生しました。愛する姉を皇帝に「取られ」、さらに腐敗しきった貴族社会を見るに及び、現在の帝国を打倒することを胸に誓います。普通なら身の程知らずの大言壮語なのですが、彼は生来の軍事的天才でした。彼は戦場で武勲を立て続け、恐るべきスピードで昇進していきます。

 ラインハルトはやがてローエングラム家を継ぎ、数々の戦いを経て、ついに帝国元帥へと昇りつめます。
 一方のヤンも、巧みな用兵術で奇跡的な勝利をおさめ、同盟一の智将、「ミラクル・ヤン」などと讃えられます。
 そして二人の英雄は宇宙の戦場で相まみえ、敵ながらも互いの真価を認め合うようになっていきます。

 と書くと、二人の猛将が戦場で握手するような光景が想像されるかも知れません。ですが、ラインハルトは単純に自分の理想へ向けて邁進するのに対し、ヤンは常に戦争への嫌悪を持ち続け、一歩引いて考えることのできる人物でした。
 帝国と同盟の戦争 − ひいては両国の命運は、事実上この二人を中心に展開していきます。それは、文字通り歴史の変わり目となる、激動の時代の幕開けでした。


「小説版」と「映像版」

 「銀河英雄伝説」は本編として全10巻の小説、これに4冊の外伝といくつかの短編があります。これをまとめて、仮に「小説版」と呼びます。
 一方、アニメ映画「我が征くは星の大海」を皮切りに、映画第2弾「新たなる戦いの序曲」と、実に110話にも及ぶOVAがあります。これをまとめて「映像版」と呼ぶことにします。
 この他に道原かつみ氏の漫画、いくつかのゲームソフトなどもありますが、恐縮ながら読んでいませんので「マンガ版」は省略させていただきますm(_ _)m。

 「映像版」は原作たる「小説版」を極めて忠実に映像化していますが、少しばかり順番を変えたり、重複した点もあります。
 そこで、これまでに述べてきた時代背景を「歴史小説」にふさわしく年表風にまとめてみました。なお、宇宙艦隊どうしが衝突する大規模な戦いを、銀英伝では「会戦」と呼んでいます。

宇宙暦 帝国暦 出 来 事 小 説 版 映 像 版
    21世紀の世界大戦から
銀河連邦誕生まで
本編第6巻序章
 「地球衰亡の歴史」
1   銀河連邦の誕生 本編第1巻序章
 「銀河系史概略」
OVA第40話
「ユリアンの旅・人類の旅」
310 1 銀河帝国の成立
527 218 自由惑星同盟の樹立
640 331 ダゴン星域会戦
同盟・帝国の戦争の始まり
「ダゴン星域会戦記」    
745 436 弟2次ティアマト会戦 外伝4
「螺旋迷宮」
  
794 485 ヴァンフリート星域会戦 外伝3
「千億の星、千億の光」
OVA外伝
「千億の星、千億の光」
弟6次イゼルローン攻略戦
795 486 弟3次ティアマト会戦 外伝1
「星を砕く者」
 
弟4次ティアマト会戦 映画「我が征くは星の大海」
796 487 アスターテ会戦 本編第1巻〜 OVA第1,2話 映画「新たなる戦いの序曲」
イゼルローン要塞陥落 OVA第3話〜
アムリッツァ会戦


 う〜ん、こうなっていたのか(笑)。私も会戦の起こった順番なんて、あまり記憶してませんでした。
 表のいちばん下にあるアムリッツァ会戦は、ストーリー全体からすればまだ「序の口」であり、これからがいわば「本番」です。ただ、これ以降は「小説版」と「映像版」でほとんど同じなので、省略しました。
 初めての方には会戦名なんてうっと〜しいだけ(歴史の教科書みたいですな)だと思いますが、外伝を読まれるときなど、参考になるかと思います。
 この表を作ってみた理由が少しばかりあるんです。

 これから小説を読もう、と思われたら、やっぱり本編第1巻から読み始める正攻法がベストでしょう。
 問題は「映像版」です。
 OVAは小説本編と同じくアスターテ会戦から始まっています。一方、映画「我が征くは星の大海」はそれよりも前、「小説版」では外伝の一部である、第4次ティアマト会戦のあたりを中心に描いています。
 第4次ティアマト会戦は、「小説版」ではそれほど大きなウェイトを占めるエピソードという感じではありません。ラインハルトはすでにそこそこの立場にいますが、なにしろヤンが脇役に過ぎないのですよ。
 しかし「我が征くは星の大海」では、ヤンにもちゃんとスポットライトがあたっています。また、ヤンとラインハルトが初めて互いの存在を意識し始めるという、「銀英伝」全体の中でも非常に大きなエピソードとなっています(小説版ではアスターテ会戦から)。

 「小説版」「映像版」どちらが良いと思うかは人それぞれだと思いますが、あくまで私見として、第4次ティアマト会戦は「映像版」がいい、と確信しています。
 なにしろ、どちらかというとヤンが好きなもんで^^;)。
 で、「映像版」はOVAの第1話を見る前に、まずは「我が征くは星の大海」からご覧になるのが順番としてよろしいか、と思います。

 さて、次にアスターテ会戦です。
 この部分はOVA第1,2話と映画「新たなる戦いの序曲」の両方で描かれています。
 OVA版では、まことに失礼ながら、この頃はまだ人物描写や艦隊戦の描き方など、まだこなれていないように見受けられる部分があります。
 その点、劇場公開用に製作された「新たなる戦いの序曲」は絵の美しさ、ストーリーのテンポ、そして音楽の使い方など、銀英伝「映像版」全体の中でもトップクラスの完成度だと思います。
 ヤンとその周辺の人々のエピソードも、OVAより深く描かれていて、泣かせます。

 つまり、映像版はまず「我が征くは星の大海」「新たなる戦いの序曲」を順番にご覧頂いた上でOVAに入っていくのが良いかな、と、まあこれが書きたかったわけでして。


銀英伝の魅力

 銀英伝の大枠は、すでに書きましたように未来を舞台としたSFであり、またそのSFというスタイルを借りた「歴史小説」です。
 ま、1600年未来といっても遙かな未来という感じは少なく、何千光年をも航行できる宇宙船が駆け回っている以外は、現代とあまり変わらん雰囲気ではありますが。
 「銀英伝」の面白さは「三国志」などと通じるものがあり、それは例えば明治維新、ベルリンの壁崩壊といった歴史の変わり目に触れる興奮とも通じるものでしょう。
 ただし、この激動は無数の兵士の命と引き替えであることも忘れてはなりません。そのあたりもきちんと描かれているところが、また魅力でもあります。

 一般には、専制主義民主主義が対峙した場合、十中八、九は、前者が悪で後者が善として描かれます。ところが「銀英伝」の場合、そのように単純ではないところが、また魅力なんですね。
 銀河帝国の圧政に対抗すべき自由惑星同盟は、民主主義を掲げるにも関わらず、救いがたい衆愚政治に陥っています。贈収賄が平然と行われ、口先だけの政治家が当選し、人気取りのためだけに戦争が遂行されているのです(……現代も同じ…?)。
 銀河帝国もまた腐敗しきっていますが、ラインハルトはストーリー半ばでこれを打倒し、新しくローエングラム王朝を興します。新王朝は貴族制度を廃し、民衆のための改革を行い、帝国民衆の圧倒的支持を得ます。「非民主的に成立した政権が優れて民主的な政治を行いつつある」わけで、ラインハルトの治世には羨望すら覚えます。
 しかし。
 私たちは民主主義社会に生きています。名君さえいれば、専制政治でも構わないのでしょうか? 登場人物たちは悩みます。もちろん作者も、そして読者(視聴者)も。
 完璧ではないにしろ、作中でとりあえずの結論は提出されています。

「最良の君主に率いられた専制政治と、救いがたい衆愚政治に陥った民主主義とでは、どちらがよいか」
 − 出題だけならば簡単なこの問題に、(ヤンたちのセリフを借りて)とりあえずの解答を提出された田中芳樹先生には感嘆を禁じ得ません。
 もちろん、その解答が絶対的な正解なのかは(そういうものがあるかどうかも含め)分かりません。また、作中で提出されながら、解答が得られなかった問題もあります。
 そんな「残された宿題」を、これから皆で考えていこうではありませんか。


 そういった「難しい」点はおいといても、銀英伝には様々な楽しみ方が出来ます。
 インターネット上には「銀英伝」を扱ったHPがたくさんあり、客観的な情報や知識という点では、HPの先輩方に及ぶべくもありません。
 そんなわけで、このHPで扱う銀英伝ネタは、客観性や情報量よりも「独自の味付け」を心がけています。ま、主観的ということですか。言葉を変えれば「ひねくれた見方」だったりして・・・。
 「映像版」ではクラシックをふんだんに使用しており、壮大な宇宙ドラマと美しい交響楽が見事にマッチしています。「交響曲・銀河英雄伝説」は、作中で使用された音楽を肴にした雑文です。
 作中、何度も描かれるスケールの大きな宇宙艦隊戦。銀英伝のSFとしての魅力の一つでしょう。
 原作ではメカニックは意図的に触れられていませんが、「映像版」ではなかなか魅力的な宇宙戦艦が登場します。「銀英伝の戦艦たちと『神々の黄昏』」は、その宇宙戦艦たちの名前の由来を中心にした雑文です。

 その他、銀英伝には個性的な登場人物、散りばめられた名言などなど、数多くの魅力があります。
 いろいろ難しいことも書いてきましたが、楽しみ方は人それぞれ。ぜひ一度、本屋さんやレンタルビデオ屋さんで手にとってご覧ください。