4.February 19, 797U.C.


 2月19日。
 銀河中の注目が、帝国と同盟の中間に位置するイゼルローン要塞へと集められていた。
 赤く塗装された流線型の戦艦を先頭に、帝国の船団がイゼルローンへと入港してくる。戦艦から降り立った帝国軍の代表は、乗艦と同じく赤い髪の美男子だった。
 汎銀河通信網が交換式の様子を逐一中継し、同盟中へと電波を送っている。トリューニヒトの美辞麗句を沿えて。この件に関しては何もやっていないはずの人物の言葉の方が、目立っていたかも知れない。しかし、さすがにヤン・ウェンリー大将と帝国のキルヒアイス上級大将が書類に署名し、握手を交わすシーンだけは、いかなる美辞麗句も色褪せていた。
 穏やかそうな若者と、自然態の青年。二人の抱える名声を思うと、不思議とさえ思える光景だ。
「どちらも若いですなあ」 ンドイ大佐がしみじみと言い、居並ぶ中年男は一様に苦笑した。
「帝国では貴族のバカ息子が実力も実績もなくとも昇進するそうですが」 とチャロウォンク准将が、「あのキルヒアイスという人は平民の出だそうですな」
「おまけに21歳ですよ……」 とエルナンデス少佐。彼から見れば、7歳も年下だ。
 ヤン大将にしても、確か30歳前後だ。歴史の変わり目には、こうした若い世代が活躍するものなのだろう。
 ヤン大将の後ろに控える幹部の中に、ホリタはムライ少将の姿を認めた。相変わらずの気難しげな表情に、ホリタはかすかに笑みを浮かべた。
 それから2日間、メディアはイゼルローンの様々な様子をたれ流していた。帰還兵の様子や要塞としての実態などはまだマシで、まともなネタが尽きたのか、イゼルローンの娯楽施設、はては要塞幹部の私生活や食事内容まで言及し出すと、さすがに誰も立体TVをつけなくなってしまった。
 2日後には200万人もの帰還兵を乗せた船団がハイネセンへ向けて出発し、メディアの 「イゼルローン狂騒曲」 も一段落した。もっとも船団がハイネセンに着く頃には、今度は 「ハイネセン狂騒曲」 が始まるだろう。
 帰還兵たちがハイネセンに到着するのは3月8日頃、帰還兵歓迎式典は10日頃になるだろう。ホリタも間もなく 《メムノーン》 受け取りと式典出席のためにハイネセンへ赴かねばならない。
 そこへ、一通の親展がもたらされた。


「人的資源委員長から?」
 差出人を見たとたん、ホリタの頭の中は疑問符であふれ返った。
 現在の人的資源委員長ホワン・ルイは、昨年の帝国領進攻作戦に反対票を投じたことで名を上げた人物だ。また、今や急速に勢力を広げつつあるトリューニヒトとは一線を画す非主流派のトップでもあり、その点でもホリタは好意的な印象を抱いている。
 ホリタ自身がそんな「大物」と面識があるわけもないのだが、とにかくホリタがハイネセンに赴いた際には個人的に面会したい、と記してあった。何の用かは見当も付かない。
 ホリタは一ヶ月前からのいくつかの通信や出来事を思い出し、腕を組んで考え込んだ。
 そもそも捕虜交換というのは、極めて高度な政治的イベントである。同盟政府がこれに応じたのは、もちろん次の選挙へ向けての人気取りに他ならない。帝国にしたところで、新皇帝即位の恩赦ということになっているが、どんな思惑があるのか分かったものではない。
「人的資源、か……」 ホリタは口に出してつぶやいた。
 近年、首都でも辺境でも、とんでもない事故が頻発している。大抵は人員不足や作業員の未熟さが原因だった。
 軍隊が熟練者を取りすぎたからだ − かねてよりそう主張し続けているのが、ホワン・ルイだった。
 昨年の帝国領進攻作戦では二千万人もの人々が還らなかった。同盟の人的資源枯渇は、もはや危機的状況だ。今回の捕虜交換で帰ってくる帰還兵たちには、どのような運命が待っているのだろうか。
 そうか……。
 帰還兵たちは、きわめて貴重な人的資源だ。軍隊にとっても、民間にとっても。人的資源委員長としても、様々な対応に迫られるだろう。ただそれと私とが関係するとは思えないが。
 呼び出し音が響き、ホリタの思考を遮った。
「シャンプールからカドムスキー大佐が定時連絡です!」 司令部につめている通信士の顔が映る。 「双方向ですが、お出になりますか?」
「ああ、回してくれ」
「なんだかお怒りのようですよ!」
「ええ?」
 通信士の言葉の意味は、すぐに分かった。ホリタが自室にいるのをスクリーン越しに確認すると、タチアナは機関銃のようにまくしたて始めたのだ。
「遊説中の国防族議員がね、帰還兵歓迎式典に間に合うように足の速い 《チュンチャク》 でハイネセンまで送ってくれっていうのよ!」
「なんだそりゃあ……第7辺境司令部は? 了承した? じゃあ断るわけにもいかんなあ……」 今現在、彼女は一時的とはいえ第7辺境艦隊の指揮下にある。その司令部が了承したのなら、やむを得ない。
 そういえば現在の第7辺境艦隊司令はトリューニヒト派だ。
「だけど、公私混同じゃない!」
「う〜ん、まあ式典出席が公務なら、やむを得ないんじゃないか?」
「だったら選挙区で道草食ってないで、さっさとハイネセンに向かってればいいのよ」
「そりゃあその通りだが、政治家は国家より選挙区が大事なのさ。ここだけの話だが」
「それなら一生、選挙区から出なきゃいいんだわ。その方が世の中のためよ」
 あの調子では、トリューニヒト派の多い第7辺境星域司令部とかなりやり合ってるかもしれんなあ……。通信を終えたホリタは一人笑みを浮かべた。はてさて、気の毒だったのはタチアナか、それとも第7辺境司令部か……。
 2月24日。最小限の 《メムノーン》 操艦要員と共に、ホリタは巡航艦 《アリアドネY》 でハイネセンへと出発した。


          

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