5.March 8, 797U.C.
「どうも妙なことになっとるようですなあ」
巡航艦 《アリアドネY》 艦長ツァイ・クォク・ヴィン中佐は、通信士がもたらした文面をホリタらに差し出しながら言った。
すでに 《アリアドネY》 はハイネセン周回軌道に入りつつあり、1時間後にはホリタらはシャトルに移乗する予定になっている。
ところが − 幾つかの連絡や傍受した通信を総合してみると、200万人の帰還兵を乗せた輸送船団の到着が異常に遅れているという。3月10日に予定されていた歓迎式典は、最低でもさらに2、3日は延期されるらしい。
しかしハイネセンまでやってきた第一の目的は
《メムノーン》 受領であり、とにかく統合作戦本部へ向かうべくホリタはシャトルへと移乗した。
「辺境はますます大変だとは思うが、よろしく頼む」
統合作戦本部長クブルスリー大将は、そう言って書類を差し出した。辺境の人事、民間への委託業務や協力事業、惑星自治政府との様々な折衝など、書面や署名を要するものは多い。半分は形式に過ぎないのだが……。
「貴官のところはうまくいってるようで、各惑星政府の評判も良さそうじゃないか」
「は、部下たちががんばってくれておりますので」
「うむ。隣接する第2辺境星域などは、アムリッツァ以来まったく手薄になっておるからな。いっそのこと、第2辺境星域も貴官に任せるか」
「は……ご命令とあらば……」
「冗談だ、今のところはな。ただ第2辺境星域はいささかゴタゴタもあるようでな」
この時のクブルスリー本部長の表情は、後になってホリタに、何か知っていたのだろうか、と思わせるものがあった。
が、本部長の不可解な表情はすぐに消えた。
「将来的には貴官の優秀な幕僚から、誰か栄転してもらいたいと思っとるぐらいだ」
「そうなりますと、小官のところがますます忙しくなってしまいます」
冗談めかして言ったものの、人員不足への嫌味に聞こえないかひやりとしたが、クブルスリー大将は苦笑しつつ頷いた。
「ところで本部長閣下、帰還兵の船団は予定よりだいぶ遅れているようですね?」
「うむ、指揮官がいささか頼りにならん男でな。きちんと連絡もしてこんのだ。まあ同盟領内だ、滅多なことはないと思うのだが……」
船団指揮はサックス少将という人物だそうだが、ホリタには記憶が無かった。もっとも少将クラスは同盟全軍ではかなりの人数になるはずだし、向こうもこちらを知らないだろう。
「そういえば……」 クブルスリー大将は、思い出したようにホリタの顔を見た。
「貴官もその帰還兵の歓迎式典に出席するのだな」
「は、はあ……」 ホリタはまるで秘め事を言い当てられたような気がした。
「ですが、私ごときが出席を命じられる理由がどうも……閣下はご存知ですか?」
「私が知ってるわけはないだろう。国防委員会が勝手に決めていることだ」
クブルスリー大将は苦々しげに首を振った。
「他にも辺境艦隊から何人か呼ばれているが……まあ、将来有望な人材に今のうちから『唾をつけておく』つもりではないかね。貴官にもその内、ミスター・トリューニヒトからお声がかかるんじゃないか」
「閣下……ご冗談にしても……」 ホリタがことさらげんなりした表情を作って見せると、クブルスリー大将は珍しく声を上げて笑った。多少疲れの滲んだ声ではあったが……。
現在、軍部内でもトリューニヒト派が着実に幅を利かせつつある。それに対する苦々しさは二人とも同じ気持ちだった。
本来のスケジュールならばその足で帰還兵歓迎式典に出席せねばならないところだったが、式典が延期されたため、ホリタは先に衛星軌道上の
《メムノーン》 と再会することとなった。
実に半年ぶりの艦橋を、ホリタはじっくり眺めやった。当然ではあるが、以前とほとんど変わっていない。改装されたのは直接目に見えぬ部分であり、ラムビスへ帰る間にじっくりテストしなければならないだろう。
「なんだか歓迎式典はいつになるか見当もつかないそうだが……」
ホリタは付き従うエルナンデス少佐を振り返った。
「2、3日は自由にできそうだぞ。貴官はどうする?」
「はあ、小官もこうなるとは予想しておりませんでしたので、何も……」
「なんだ、会いに行く相手ぐらいおらんのか」
「いや、まあ、はあ……」
「チャロウォンク准将の言うとおり、第1辺境艦隊はもてない男の巣窟だな。ま、指揮官がこれだからな」
ホリタは肩をすくめて苦笑した。実際、自分だって
「おじさん」 と会う予定しかないのだから情けない。ホリタの麾下で
「もてる」 のはせいぜいチャロウォンクぐらいだ。
まてよ、そう言えば、タチアナは帰還兵歓迎式典に間に合うように国防族議員をハイネセンまで送ってくるはずだから、もうすぐ会えるだろう。楽しみはそれぐらいか……。
ハイネセンポリスに戻ると、その 「おじさん」
からメッセージが届いていた。