6.March 9, 797U.C.


 約束の時間にロビーに降りると、一人の小柄な紳士が帽子を取って微笑んだ。
 ホワン・ルイ。人的資源委員長として、最高評議会の閣僚の座を占める超大物だ。その大物が、随員もSPもなしにこうやって気さくに立っているところがまた彼らしい。あるいは分からないようにたくみに配置されているのかも知れないが。
「初めまして、ホリタ少将。招きに応じて頂いて感謝するよ」
 ホワンは小柄だが活気に満ちた印象で、明朗できびきびとした話し方は年齢をまったく感じさせなかった。
 案内されたのはずいぶん変わった雰囲気の店で、料理も見たこともないものだった。
「政治家とか金持ち、高級軍人の多くは、自分たちが『高級』と思っている種類の料理以外は目もくれない。だから、こういう店は私のような者でもかえって目立たないのさ。まあそれだけじゃなくて、ここの経営者が私の古い友人なんでね。
 ちょっと変わった趣向だが、少将の舌にあえば良いのだが。何でも昔は『東洋風』料理と呼ばれたらしいが、ご存じかな?」
「東洋? いいえ……」
 ホワン・ルイは無邪気とも言える笑みを浮かべた。
「ホリタ少将。君の姓名は、姓が前に来るE式だろう? 私もそうなんだよ。その意味を考えたことがあるかね?」
「遠い昔、祖先が地球にいた頃の出身民族の慣習でしょう?」
「その通りだよ。E式の意味は、もともと『イースタン』から来ていると言われる。つまり『東洋風』なのさ」
「ははあ……つまり、これは私たちのご先祖様の民族料理、というわけですか」
「その通り。 まあもっとも、その民族も私たちの想像以上にたくさんあって、それぞれが独自の文化を持っていたそうだ」
 不思議な料理は食べ慣れていないだけに、いささか苦労したものもあったが、トータルとして新鮮な体験には違いなかった。
「ずっと昔は…」 ホワン・ルイは手を休めると、つぶやくように言った。 「人類社会は何十、何百という国家に分割されていた。それらが互いに戦争を繰り広げるという悪い面もあったが、それぞれの違った民族や文化を保つ効果もあった。
 もっとも逆にそれを大事にしすぎて、国旗だの国歌だのただのシンボルにこだわったり、他国を見下したような国も多かったようだが……。いや、それは今も同じだな。
 かつてルドルフは自分流の名前こそベストだと信じ、君や私のようなE式の姓名さえ根絶しようとした。長征一万光年がなかったら、ホリタもホワンも今頃この世から消えていたかも知れない。だから……名前だけじゃなくて、いろんな文化があったということも皆が知っておくのがいいと思っている」
 もっとも……彼らの食べている料理も、千年以上前の人間が見れば、いくつもの民族料理がごっちゃになっていることに呆れたかも知れない。
「いや、妙なことを話して申し訳ない。ただ、なぜ私がこんな変わった店に招待したのか分かってほしくてね」
 一息ついたとき、ホリタはホワンの顔をうかがいながら切り出した。 「ところで……今日お招きいただいたのは、何か重要なことがおありかと……」
「うん」 ホワン・ルイは飲み物を口にして少し間をおいた。 「ホリタ少将……あまり愉快な話ではないのでね、食前にその質問がなかったことを感謝するよ」


「人的資源が逼迫する現状において、比較的豊富な人材を擁し、うまく運用されている第1辺境星域の司令官がせっかくハイネセンまで来るので、人的資源委員長として辺境の実態などを聞いてみたい……」
「え……」
「と、いうのが表向きの理由」
「表向き!?」
 その声があまりに意外そうだったので、ホワン・ルイは悪戯っぽく笑った。が、それに続く声は、うって変わって真剣なものになった。
「ホリタ少将。査問会、というものを画策している輩がいるんだ。もちろんそんなものは同盟軍基本法にも同盟憲章にもないが……いや、それこそ君の方が詳しいな」
「その昔、明らかに軍法会議にかかるような軍紀違反ではないが、微妙な行動とみなされるような場合に開かれたとか……しかし、またどうしてそんな……」
「つまらんことを考える連中もいるもんだ!」 ホワンは吐き捨てるように言った。 「政治屋どもの中に、気に入らない軍人に難癖つけて、その査問会にかけようと考えている連中がいる」
「何故それを私に……まさか……」
「落ち着いて聞いて欲しい。ホリタ少将、君も狙われている」
「……私は何も……」
「もちろん、君個人の責任じゃない。どうでもいいことに難癖つけてのこじつけだよ。それに、特に君一人というわけじゃないんだ」 ここでホワンは一段と声を潜めた。 「はっきり言って、非トリューニヒト派の将官すべてを狙っている」
「は……!?」
「と、いうことは……分かるだろ、軍部の中でも誰があら探ししてるのか。そして対象は、そうそうたるもんだ。何かあらさえあれば、ビュコック大将だろうがグリーンヒル大将だろうが、そう、かのヤン・ウェンリー大将も狙ってるに違いない」
「そんな馬鹿な……こんな時勢に、さらに軍を弱体化させるだけではないですか。それで、私もあら探しされているのですか」
「実は君の場合、一つ挙げられている。だからこそ、君にこの話をしようと思ったんだ」
「私もですか……いや、もちろん自分が清廉潔白な聖人だなどとは思ってはおりませんが……」
「それはそうだろうが、聖人からいちばん程遠いところにいる連中が、人のことをとやかく言うのも、他人事であっても気に入らんのでね」
 ホリタは黙って次の言葉を待った。


「昨年の帝国領進攻作戦で……少将の艦隊は惑星改造を行ったね?」
「ええ、それが?」
「もちろん当時としてはすべて手続きを踏んでのことで、何ら問題はなかった。むしろ賞賛されるべきだったろう、進攻作戦が成功しさえすれば!」
 ホリタは心の中でため息をついた。アムリッツァの大敗は、まだまだ解決しきれない問題を無数に派生させた。その一つがまた、自分にも降りかかろうとしているのか……。
「私から見れば、あまりに些細でどうでも良いことだと思うんだが……その惑星改造で、気象制御システムを使っただろう? それなんだ、連中が難癖つけようとしているのは」
「気象制御システム、ですか!?」
「惑星レベルの気象制御システムは、いわゆる気象兵器となる。それを帝国領に残してきたのはけしからんと言うんだ」
「ちょっと待ってください。それはいささか飛躍の度が……今時あんな古めかしいシステムを武器にしようなどと……」
 ホワンは分かってる、と言いたげに片手を上げた。
「その通りだ。惑星改造技術なんぞ、もう500年も前から変わっていない。ただ、変わっていないならいないということを示す証拠を残してくるのはどうか、などと難癖をつけようというんだな。あんなものは同盟でも帝国でも違いないことは分かりきっているのだが……」
 ホリタは、今度は実際に深いため息をついた。
「そうですか……私はどうすれば良いんでしょう。というより、なぜ私にそのことを?」
「まだ実際に行われると決まったわけじゃないし、この一件だけでは実施するには弱いだろう。それに、他にも狙われている将官は何人もいるようでね。まさか全員やることはないだろう。ただ……もしも連中がトチ狂って本当に始めてしまったら、少将には負けてほしくない。だから予め『予習』ができるように、情報を伝えたというわけさ。
 さて、ホリタ少将……ここらでオーソドックスに食後のコーヒーでもいかがかね? 最初に言った表向きの話でも、実際いろいろ訊きたいことはあるし」


          

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