7.March 10, 797U.C.


「行方不明!?……帰還兵の輸送船団が!?」
 翌朝、歓迎式典の予定を確認しようとしたホリタは目をむいた。唖然としてエルナンデス少佐やツァイ中佐と顔を見合わせる。
「信じられませんなあ、同盟領内で……」ツァイ中佐が首を左右に振って嘆息した。
「そういえば、その船団にはヤン・ウェンリー大将も同行なさっているとか」
 エルナンデス少佐の言葉に、ツァイ中佐の眉が吊り上った。
「だとすると……何らかの破壊工作とか……」
「根拠のない段階では、あまり先走らない方がいいぞ。しかし……」
 ホリタは腕を組んで考え込んだ。こいつは 《メムノーン》 を稼動状態にしておく方がいいか……?
 だがホリタが心配するまでもなく、さすがに軍中央も事態を重視し、該当宙域にいる宇宙艦に捜索を命じていた。その中に、たまたまハイネセンへ近づきつつあった 《チュンチャク》 もいた。
 後にタチアナが語ったところによると、 《チュンチャク》 に便乗していた国防族議員はこの捜索による遅れを考えて難色を示しかけたが、もしも 《チュンチャク》 が発見すれば、これは自分の手柄にもなると思ったようだ。すぐに捜索を歓迎する態度に代わった。
 そして − 意外にも、議員氏の希望はあっさり実現した。予想外の方向から発せられた輸送船団のシグナルを偶然 《チュンチャク》 が捉えたのだ。ただしその座標は、何とハイネセンから1300光年も離れたマズダク星域であった。
 《チュンチャク》 の連絡を受け、第一艦隊より派遣された巡航艦4隻と駆逐艦15隻からなる艦隊が船団と邂逅したのは3月16日であり、公式記録では船団発見は 《チュンチャク》 の「手柄」にはなっていない。 《チュンチャク》 は詳細な情報をハイネセンに送ってすぐにもとの航路へと復帰したためだが、その前に議員氏はハイネセンに自分の名前を喧伝することを忘れなかった……。


 帰還兵歓迎式典は3月19日と決まり、ホリタたちは予想外のハイネセン滞在をさらに一週間以上送ることになってしまった。
 ホリタはその間に修理の完了した 《メムノーン》 の試験航行を行うことに決め、 《アリアドネY》 に乗り組んできた 《メムノーン》操艦要員と共にハイネセンの近傍宙域をぐるりと周回させた。
「どうかね、ホリタ少将」 自慢げに改良箇所を説明しているのは、第一工廠副長官のバウンスゴール技術少将である。「アムリッツァ会戦での戦訓を元に、惑星引力圏の中でも補助動力の自由度を上げてある」
 バウンスゴールは一介の整備兵から今では同盟随一の技術将校にまでなった才能の持ち主だ。ホリタより一回りほど年上で、大柄で髭をたくわえた容貌は一見猛将を連想させる。
「いい艦だ、 《アキレウス》 級は。 《ブリジット》に勝るとも劣らん」
「 《ブリジット》?」
 ホリタが首をかしげると、バウンスゴール少将の髭面に穏やかな笑みが浮かんだ。
「 《ブリジット》 は、私がまだ一介の整備兵だった時に最初に触った戦艦なんだよ。マーチ・ジャスパーはもちろん知ってるだろう? そのジャスパー提督の旗艦だった艦だよ」
 フレデリック・“マーチ”・ジャスパー! 半世紀前に同盟軍の中核をなした 「730年マフィア」 の一人。同盟がまだ活気を保ち、理想を抱いていられた時代の、偉大なる英雄たちの一人。
「もちろんその時にはジャスパー元帥は統合作戦本部長になっていてね。旗艦 《ブリジット》 も老朽化していたから、係留されて解体を待っていたんだ。だがいい艦だった、あれは」
「ジャスパー元帥にはお会いになったのですか?」
「本部長として、若い整備兵にも気をとめてくださった。戦争は前線だけでやるんじゃない、後ろで支える者も対等だ、とね。ただし、TVスクリーン越しだったがね」
 《アルテミスの首飾り》 の一つが 《メムノーン》 の傍らを通り過ぎていった。ハイネセンをぐるりと取り囲む、12個の人工衛星の一つだ。レーザー砲や水爆ミサイルをはじめあらゆる武器を内蔵し、ハイネセンに近づくものを迎撃する、無人の防御システム。鏡面装甲が恒星バーラトの光を反射し、虹色の光芒が射し込んでくる。
「あいつにここまで近づいたのは初めてです。普段は下手に近寄れませんからな」 ホリタが冗談めかして 《アルテミスの首飾り》 を話題に乗せると、バウンスゴールはやや眉をひそめた。
「私はあいつは好かん。ああいう無人の兵器、それも自分で判断したり自分で修復するような全自動システムは、確かに直接的な戦死者は減らすだろう。だが、それゆえに戦争を安易に考え、抵抗感を薄め、長引かせ、結局は社会全体に弊害をもたらすんだ」
「なるほど」
「だがこいつは違う。戦艦は人が判断し、人が動かすものなんだ……もっとも、どっちにせよ人殺しの道具には違いないがね」
 バウンスゴールは自嘲気味に短く笑った。
「しかし……私のような考えは古いのだろうな。実は、ハイネセン第一工廠を含めて、いくつかの大型施設が縮小されるんだ。去年からの艦隊戦力の喪失があまりにも大きすぎてな。各地の生産設備を流用して、一隻あたりに手間のかかる大型艦より、とにかく数をたくさん揃えるために中小艦の増産に力を入れるのだそうだ」
 実は攻撃目標となりうる軍需施設を少しでも首都から減らしたいのだ、という政治家たちの本音を、気づいていても誰も口にはしなかった。
「かくいう私も、近いうちにルジアーナの造兵工廠に行かなくてはならんようだ」
「え……たしか、フェザーン方面ですな」
「ああ。いちおう長官ということだが、主要航路から離れたちっぽけなところでね」


 3月16日。試験航行を終えてハイネセンに降り立ったホリタは、家族の元に帰るバウンスゴール少将をハイネセン中央空港まで見送っていた。
「来月にはルジアーナに赴任することになりそうだ」 ごつい手でホリタと握手を交わし、バウンスゴールは微笑んだ。 「遊びに来いと言える距離でもないが、貴官も達者でな」
 それからわずか2年後、ルジアーナが悲運の名を歴史にとどめることになろうとは、予測できる者は一人もいなかった。
 バウンスゴールの後ろ姿がゲートの向こうに消えると、ホリタは空港を見渡した。普段は軍用空港ばかりなのであまり馴染みがないが、普段より人が多いようにも感じられる。今日は公務がないので、空港と周りの市街を散策してみるつもりだった。
 その時 − 背後から聞き覚えのある声がした。
「あのう……ホリタ閣下、ではありませんか!?」
 予想外の声に一瞬動きが止まり、続いて身体ごとゆっくり振り返った。目の前に、はにかんだような表情の若い娘が立っている。
 ベティ・イーランド元中尉だった。


          

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