8.March 16, 797U.C.


「いや、驚いたな……広いハイネセンでまさか会えるとは思わなかった」
 ホリタはベティと一緒に、喫茶店の席に座っていた。
「ハイネセンにおいででしたら、連絡してくだされば良かったですのに」
「いやあ、実は私もこれほど長い間留まるとは予想外だったんだ。本当なら帰還兵歓迎式典はとっくに終わって、今頃はもう帰途についてる予定だったんだがね」
「遅れてるみたいですね、帰還兵の船団……あ、ごめんなさい。軍事機密ですよね」
「構わないよ。歓迎式典はもともとマスメディアが大々的に喧伝してるんだし、それが遅れてるってえらく騒いでるしな。だけど……彼女には悪かったんじゃないか?」
 ベティには連れがいたのだが、気を使ったのか挨拶だけして同席しなかったのである。豊かな黒髪がはえるがどこか内気そうな娘で、リン・メイと名乗った。
「彼女もちょうど今悩んでるんです。あの、その帰還兵歓迎式典でヤン・ウェンリー大将も来られるじゃないですか。そのお供に、オリビエ・ポプラン少佐も来られるんですよ」
「ああ、あの……しかし何故知ってるんだい? お供してるってことを」
「ですから、そのポプラン少佐が連絡してきたらしいんです、彼女に」
 それで大体の見当はついた。要するに彼女は、かのポプラン少佐のハイネセンにおけるガールフレンドというわけか。
「ははあ、それで船団が遅れて心配してる……」
「違うんです!」
 その口調がいささか強かったので、ホリタはちょっと驚いてベティを見やった。
「あ、ごめんなさい。ほら、ポプラン少佐って元々あんな人じゃないですか。どうせハイネセンでも何人もの女性のとこを渡り歩くに決まってるんだし。だから、もう会わないでおこうかどうしようかと……」
「そうか……」 ホリタは頷きつつ、リン・メイが同席しなかったことに感謝した。こうした苦手な分野について、万一相談を受けることにでもなってしまったらことだ。
「コンビを組んでるコーネフって人は逆に、女性に見向きもしないっていう噂だし……二人足して2で割ったら丁度いいんでしょうけど」
 ふとホリタはコーネフという姓に聞き覚えがあるような気がしたが、この時に思い出せなかったことを後で後悔することになる。
「ところで君は?」 ホリタは話題を転じることにした。 「誰か待ってたのかい?」
「あ、そうなんです……実は……」
 そこで彼女は空港内をちょっと見渡した。
「あのう……ジェシカ・エドワーズ女史なんですけど、もうすぐ来られるんですよ。ここに」
「ほう……それでか、何やら報道陣が多い気がしていたんだ」
 ロビーにたむろする報道陣が騒がしくなり始めたのは、それから間もなくのことであった。


 ジェシカ・エドワーズ女史は1月にTVで見たときそのままに、ライトブラウンの髪をなびかせ、さっそうと歩いてきた。退役軍人とおぼしき老紳士もいる。まわりの若者は反戦市民連合のメンバーなのだろう。その中に、リン・メイもいた。
 立体TVのスタッフが、エドワーズ女史の周りに手際よくロボットカメラを滑り込ませた。立体画像の撮影には、同時に複数の方向から撮影する必要がある。そのことは野次馬も含めて全員承知しており、周りの人垣が少し広がった。
 エドワーズ女史の美貌がカメラライトの中に浮かび上がる。カメラ慣れしている政治家でさえ、ここでモデル気取りのポーズを付けて、かえってイメージを落とす連中も多い。しかし女史はあくまで自然態のまま、外側を取り巻く報道陣の無秩序な質問に答えていた。質問によって時には優しく、また時には周りがたじろぐほどの鋭い視線を見せながら、淀みなく流れるように答える様子は、さすが元音楽教師というところだろうか。
「今回ハイネセンポリスにおいでになった目的を……」
「すでに届け出済みのことですが、帰還兵歓迎式典にあわせ、3月19日にグエン・キム・ホア広場で私たちも市民集会を実施いたします」
「その趣旨は?」
「戦争で命を落とすことなく無事に故国へ帰り着いたことを心より祝福し、帰還兵の皆さんの心身のケアに対する保障、それに良心的兵役拒否を含む、自由意志による今後の選択が保障されることをはたらきかけていきます」 エドワーズ女史は「自由」という単語をことさら強く発音した。そして微笑むと、「ここは自由の国ですから」 と付け加えた。
「憂国騎士団が、良心的兵役拒否は国民の義務に対する怠慢である、と声明を出してますが」
「私は民主主義のもとに、憂国騎士団の方が意見を述べられる権利を全面的に支持します。ですが、私どもが1月の集会で申し上げた、憂国騎士団および聖戦協力市民団の皆さまの中には、国民の義務を十分に果たしていない方がおられるという疑問にお答えを頂ければ幸いです」
 これで関係筋の息がかかっている記者たちは沈黙した。ゴシップ系の記者たちがどうでもいいことを質問するが、エドワーズ女史は無難に受け流していた。
 質問は老紳士にも向けられていた。1月の集会であの言葉を引用した人物だ。ロボットカメラが今度は彼を囲み、老紳士は撮影用の姿勢のまま質問に答えていた。その人物がトアンという名で、元大佐だったことをホリタは初めて知った。次の選挙で、退役軍人としては初めて反戦市民連合から出馬するという。エドワーズ女史が全面的な支持を表明し、記者会見は一段落となった。
「あ、あたしも行かないと……」
 そう言って振り返ったベティの表情は、ホリタを驚かせた。
 彼女は泣き笑いのような複雑な表情を浮かべていたのだ。
「本当は……本当はエドワーズ女史にも会ってもらえたらって思うんです。とってもいい人なんです。
 でも去年、テルヌーゼンの補欠選挙の時……そう、最初はエドワーズ女史が立候補する予定じゃなかったんですけど、その時に……あのヤン・ウェンリー大将が士官学校の式典に呼ばれてテルヌーゼンにやってきて、主戦派がそれを選挙宣伝に利用しちゃったんです。だから、自分たちはあんな恥知らずな工作はしないって……初めての人には、人前では会わないようにしてるんだって……」
「私はそんな大物じゃないよ」 そう言ってから、ホリタは自分の言葉に後悔した。ベティは寂しげな笑みと共に首を振り、
「それに……エドワーズ女史は有名人ですから、女史と話をした、というだけで憂国騎士団につけ狙われた人もいるんです」
「………」
「でも………」 そこで言葉が続かなくなり、うつむいてしまったベティの肩を、ホリタはそっと抱いた。
「ベティ。大変だろうが、頑張るんだよ。後悔しないようにな」
 空港を行き交う人々には、歳の離れた兄妹の別れの光景に見えただろうか。
「本当にごめんなさい……」 ベティは体を離すと目をぬぐった。 「閣下もどうかお元気で」
 ホリタはうなずき、彼女の肩を軽くたたいた。
「さあ……元気でな」
 人ごみに紛れる直前、ベティはホリタの方を向いて大きく手を振った。あるいはそれは、それまでと全く違った道を歩み始めた彼女の、ホリタと共に歩んできた道からの、別れの決意だったかもしれない。
 人それぞれに、信じる道を歩いていく。エドワーズ女史やトアン退役大佐の、注目と共に反対者の攻撃をも集めるであろう道。ベティやリン・メイの、目立たないが報われることも少ないであろう道。どんな道であろうと、自分が後悔さえしなければそれで良い。
 − ひるがえってこの自分は、軍人に向いている自信も無いままに、こうしてずるずると……。
 自分の進むべき道はこれで良いのだろうか。本当にこの道で満足だろうか。
 報道陣や野次馬も解散し、人通りの少なくなったロビーで、ホリタはしばらくの間一人たたずんでいた。


          

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