2.拡 大


 宇宙暦797年4月3日。
 第4辺境星域の中心である惑星ネプティスで、武力蜂起が起こったとの情報が同盟を駆け巡った。ネプティスは首都ハイネセンから1880光年離れた星域にあるが、同盟領内での叛乱という異常事態は、3月30日の事件に続いて同盟中に衝撃を与えた。
 叛乱部隊の指揮官はハーベイ准将だという。准将は先月の帰還兵歓迎式典で見かけたばかりだ。いったいあれから何があったというのか……?
 近隣の辺境艦隊なり首都の主力艦隊なり、いずれかの正規軍がすぐ鎮圧に向かうだろうと誰もが予想していたにも関わらず、事態は進展しないまま2日が過ぎた……。
「今度はカッファーですぜ!」
 4月5日、ハイネセンより2092光年、第9辺境星域にある惑星カッファーでも叛乱が起こったという。
 そして4月8日は、さすがにホリタも少なからぬ衝撃を受けることとなった。今度は第1辺境星域に隣接する第2辺境星域の惑星パルメレンドで叛乱が発生したのだ。ここに至ってホリタは、中央からの指示がないまま、麾下の部隊に臨戦態勢を命じていた。
 4月10日。
「シャンプールで叛乱って本当!?」 そう言ってきたのは、ついこの間シャンプールにいたカドムスキー大佐だ。
「そうらしい。首都は相変わらず沈黙を守っているが……」
 シャンプールは第7辺境星域の中心地であり、ハイネセンとイゼルローンの中間に位置している。
「マロン大佐が叛乱部隊の指揮官ですって? あいつ、トリューニヒト派べったりみたいだったから、この間ガツンと言ってやったのに」
「…………」
 今や辺境という辺境で、次は何が起こるのか、またどこかで反乱が続くのか、誰もが息を潜めて様子をうかがっていた。不信という魔物が疑惑の念を人々の心に散布しつつ、同盟中を彷徨していた。


「見事に空白を突いているな、この反乱は……」 ホリタは唇をかんでスクリーンを見やった。臨戦態勢に入った第1辺境司令部で、幕僚たちが同じくスクリーンを見上げる。
 第4辺境星域のネプティス。第9辺境星域のカッファー。第2辺境星域のパルメレンド。そして第7辺境星域のシャンプール。いずれの星域も、辺境艦隊の空白宙域になっているのだ。
 なぜ空白になったのか? いうまでもない、アムリッツァの大敗が原因だ。昨年の帝国領進攻作戦には、辺境艦隊からも膨大な兵力が投入された。ホリタ自身も、旗艦 《メムノーン》 以下1200隻を率いて第10艦隊へ編入された。
 だが、作戦は兵力の実に三分の二を失う結果に終わり、各辺境星域から編入された艦隊も、その大半が失われた。ホリタらが生きて帰れたのは、第10艦隊のウランフ提督、第13艦隊のヤン提督という二人の名将の麾下にあったからに過ぎない。
 パルメレンドのある第2辺境星域から動員された艦隊は、帝国領進攻作戦で第3艦隊に編入され、旗艦 《ペプロス》 をはじめほとんどが帰らなかった。
 ネプティスを中心とする第4辺境星域からの艦隊は、第7艦隊に編入され、やはりその大半が失われた。アムリッツァでは旗艦 《ペンテシレイア》 がホリタらの目の前で散ったのだ。
 シャンプールのある第7辺境星域、カッファーのある第9辺境星域もまた然り。第7辺境星域はハイネセンとイゼルローンの間に横たわる宙域を含んだ軍事的要所であるが、イゼルローン要塞という鉄壁に依存した結果であろう、辺境部隊そのものは補充されないままだったのだ。
 むろん 「空白」 とはいっても、各星域にはなお数百隻単位の艦隊は残されている。だがアムリッツァで幹部や精鋭部隊、ベテラン兵を失い、生き残った艦艇も主力艦隊の補充に回され、そうして残された部隊は命令系統の再編すらままならないのが実状だった。現在ハイネセンやイゼルローンでは、合わせて数個艦隊がかろうじて維持されている。だがその代償として、辺境はもはや警備隊さえろくに維持されていないのだ。そして戦争の継続は人的資源の枯渇を促進し、これらの穴が埋まることはない。むしろ、どんどん拡大しつつある。
 そんな中で起こった辺境の反乱であった。互いに離れているとはいえ、4ヶ所同時というのは尋常ではない。それらをつなぐ、何かが背景にあると見るべきであろう……。
 だが、誰が何のために?


「これは我々にも鎮圧命令が下るでしょうな」 チャロウォンク准将が顎をなでながら言った。 「今のうちにパルメレンド解放作戦案を考えておきますか」
 ホリタらの管轄する第1辺境星域の隣、第2辺境星域の部隊はアムリッツァで大半が失われて以降十分な兵力がない上に、その大半が叛乱に参加しているらしい。それに対して、まだかなりの兵力を有する第1辺境艦隊に鎮圧命令が下ることは、ほとんど確実と思われた。
 統合作戦本部長代行のドーソン大将より通信があったのは、13日になってからであった。ただし、その内容はホリタらの予想とは見事に正反対だった。
「待機……ですと? パルメレンドの方は……」
「本日、イゼルローンの第13艦隊に対して4ヶ所の鎮圧命令を発令した。パルメレンドに関しても、第13艦隊に任せられたい」
「閣下……国内の叛乱に、最前線の部隊を回すとおっしゃるのですか!?」
 ホリタにしては珍しい反論だった。それほど不可解な命令だったのだ。
「現在、帝国は史上最大の内戦の最中であり、同盟へ侵攻してくる懸念は無い。一方、わが同盟内では次にどの星域で叛乱が生じるやも知れぬ。貴官の部隊は第1辺境星域の掌握に全力を傾けられたい」
 ドーソン大将からの通信が終わっても、彼らはしばらく唖然としたままだった。やがて幕僚たちが口々にしゃべり始める。
「聞いたことありませんぜ、辺境の叛乱に辺境艦隊ではなく最前線の艦隊を回すなんて……」 チャロウォンクは呆れたと言わんばかりに両腕を広げた。
「それだけ辺境の部隊が不足していると言うことか……いや案外、これまでの叛乱で辺境部隊すべてを信用してないって事じゃないのかな」
「だったら普通は首都の直属部隊を派遣するのではありませんか?」
「首都を空けられない理由でもあるのか……」 ホリタは独り言のようにつぶやいたが、背後の幕僚たちの議論は少しずつ脱線しつつあった。
「分かりませんなあ、じゃがいも士官の考えることは」
「じゃがいもの芽が出るまでまだ時間がかかるのさ」
「芽が出る前に帝国軍に食ってもらおうぜ。芽には毒があるからちょうどいい」
「芽が出るまで動かされる第13艦隊は災難ですねえ」
「第13艦隊のいない間に、イゼルローンのダストシュートでも調べに行くんでないかい」
「帝国産じゃがいもでも探すんですかぁ?」
 ホリタは苦笑しつつ向き直り、脱線転覆した議論を制止するように手をあげた。
「我々が議論していても始まらない。命令は命令だ。とりあえず命令どおり我々の守備範囲を固めることと、それから第2辺境星域への強行偵察は続行する。第13艦隊の役には立つだろう」
 この時点ではまだ、誰もがこれを上回る事態を予測できないでいた。そう、ハイネセンやイゼルローンのごく一部を除いて。だが、真のクライマックスは刻一刻と近づいていたのである。


          

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