4.要 請


 4月29日。叛乱勢力に占拠されていた惑星シャンプールが、ヤン提督率いる第13艦隊により電撃的に解放された。今やクーデター派の目が届きにくい辺境の方が、首都よりもむしろ情報の伝達が速い。報道管制をものともせず、ローカルネットが解放されたシャンプールの様子を映し出す。が、そこに現れたものが美女に囲まれたシェーンコップ准将だったりするものだから、皆は複雑な嘆息を漏らした。
「色男は得だねぇ」 チャロウォンク准将が同意を求めるように隣のウィリ大佐に顔を向けるが、ウィリ大佐は返答に困って曖昧な笑みを浮かべた。チャロウォンクのつぶやきはタチアナの咳払いを誘い、発言者は肩をすくめて真顔に戻った。
「自治政府の演出かい、こりゃ?」 ホリタが苦笑しながら振り向く。
「さて、どうでしょう」 チャロウォンクは意味ありげな笑みを浮かべて言った。
 隅ではアラルコンが、軍人にあるまじきとか何とかぶつくさ言っていたが、皆から礼儀正しく無視されていた。
 それから間もなく、第8辺境星域で司令官モートン少将が第13艦隊への支援を表明した。4つの辺境星域で叛乱を起こしたものの、首都のクーデター以降後に続く者もなく、そこへヤン・ウェンリーの登場とあっては残る叛乱部隊は焦り始めているだろう。
「そろそろ、か……」
 いまだ明確な立場を公言していない第1辺境艦隊であったが、決断の時が近づいているのを感じていた。


 その日、一つの通信がホリタの元へ寄せられた。発信元は惑星ヒパチアの医療機関である。
 ヒパチアは第1辺境星域から第2辺境星域へと向かう航路の途上に位置し、いくつかの学術施設や医療機関が集まっている、いわば学術センターのような惑星だ。そこでも一番大きな総合病院のヤマムラという医師が、通信の主であった。
 かなりの歳と思われる白髪の医師は、挨拶もそこそこに説明を始めた。
 パルメレンドでの反乱直後、パルメレンドからヒパチアへ向かう予定だった病院船 《フレミング》 が途中のアイギーナ星系で足止めを受け、クーデター勃発によって現在も拘束されているのだという。
「どうしても船がアイギーナから出せないというなら、私が器材や薬品を持ってアイギーナまで赴いてもよいと思っとります。ただ今回は、どうしてもここへ連れて来なければならない患者がおるのです」
 そこで医師は言葉を切った。患者のプライバシーをどこまで話してよいものか、迷っているのだろうか。ホリタは黙って次の言葉を待った。
「ある種の多臓器不全でしてな。患者の体からいくつものサンプルを採り、それを培養し、その上で大規模な移植を施さなくてはならん。その設備が全部整っているのは、1000光年以内ではうちしかない、という訳です。それに症状が進行しており、処置は早ければ早いほど良い」
「なるほど、よく分かりました」 ホリタは努めて穏やかな表情を作った。 「ただドクター、私どもが要請を受けます手順は……」
 不本意ながら様子見に形式論を出してみたホリタに対し、老医師は頷きつつも手を振った。
「よく承知しております、ホリタ閣下。同盟軍基本法によれば、まず惑星自治政府から星系警備管区に要請し、恒星間航行を要する場合はさらに星域司令部へと伝えられるわけですな。そして星域司令部は惑星自治政府の正式な要請文書を受領の上、恒星間管制局とさらに……」
「これは参りました」 ホリタは苦笑して皮肉がたっぷり盛られた説明をさえぎった。 「おっしゃる通り、私が言うのも妙ですが、わが軍も官僚主義の悪しき泥沼から自由ではありませんな」
「それだけではありませんぞ」 老医師は身を乗り出し、スクリーンの上半分が白髪で白くなった。 「現在 《フレミング》 を拘束しているのは、救国軍事会議に連なる部隊だと言うではありませんか。彼らは同盟憲章も同盟軍基本法も効力停止を宣言しておる。もはや閣下のおっしゃる正式な手順も意味をなさないのではありませぬか」
「いや……私どもは救国軍事会議を支持しているわけでは……」
「だからこそです!」 ヤマムラ医師はここぞとばかりに言った。もっとも、恐らくホリタがどう答えても、同じように畳みかける用意をしていたに違いない。なかなかの策士だ。
「立ち入った表現で誠に恐縮ですが、私の要請を元に最終的に決断し、閣下が命令をお受けになるルートは、現状では機能しておりますまい」
「ごもっとも……」
「そもそも、最初は正式ルートでラムビス自治政府に要請を出したのですが、確約は出来ないと言われたまま、一週間以上過ぎたんですわい。
 人の命がかかっておるのです。だからこそ、ご無礼を承知でこのような通信をし、かつ差し出口まで叩かせてもらっております。少将閣下のお立場も大変であろうことはお察しいたします。私から具体的にどうこう申し上げられませんが、閣下に頭を下げて協力をお願いするだけなのです。大変心苦しいことではありますが……」
 ヤマムラ医師の言いたいことはよく分かった。それにいずれにせよ、この要請があろうがなかろうが、決断しなければならない時は近づいていたのだ。
「分かりました、先生。どのような形になるかはともかく、最大限協力させていただきましょう」
「そうですか……良かった」 老医師の顔に初めて、落ち着いた表情が浮かんだ。
「とりあえず先生、最初に自治政府に提出された要請の写し、それから 《フレミング》 やそれに乗船した患者、乗員について、可能な範囲で結構ですからデータをいただけませんか」
「それは結構です。すぐにお送りいたしましょう」
 スクリーン端のデータ受信中の表示を見ながら、ホリタはふと思いついたことを医師に尋ねてみた。
「それにしても先生はいろいろとお詳しいですな。従軍のご経験でも?」
「ああ、わしも若い頃は巡航艦で艦医をやっとりました。それに今、息子がイゼルローンで軍医をやっておるのですよ」
「なるほど、そうでしたか」
 帝国領侵攻作戦当時、イゼルローンで昏倒したフォーク准将を診察した医師の姓を、ホリタは聞いていなかった……。


 《フレミング》 の拘束されているアイギーナ星系は、第2辺境星域に含まれる。この星域を守備すべき艦隊は帝国領侵攻作戦で過半を失い、司令官ハッサン少将も戦死した。だがそれでもパルメレンドをはじめ主要な有人惑星を抑えるだけの兵力はあり、司令官代理ガーランド准将の下で、その大半がクーデター派についているのだ。
 幕僚たちに経緯を説明したホリタは、未だ封鎖はされていない第2辺境司令部への回線を開いた。無機的な待機画面がしばらく続き、切り替わるとホリタより若干若い男が現れた。ガーランド准将である。
「これはホリタ少将……我々と理想を共有していただくご決断をしていただけましたか?」
「いや、目下、我々は中立というところだ」 実際には決めているのだが……必要になるまで言うこともない。 「ガーランド准将。聞くところによると、アイギーナ星系で病院船 《フレミング》 が拘束されているのとことだが……」
「そうですな」 ガーランドの回答は素っ気ない。
「 《フレミング》 拘束の理由を聞かせてもらえないか?」
「それは、閣下が同志となっていただけるならば無論お話しできますが」
「船には早急に治療が必要な病人が乗っているのだ。拘束を解き、至急ヒパチアへ向かわせるべきではないか? ヒパチアの総合病院から要請がきてるんだ」
「拘束は救国軍事会議よりの命令であり、小官はそれに従ったまでです」
「病人はどうする!」
「我々の軍医が診察しております」
「それでは対応できない患者がいるというのだ」
「我々にお任せください。可能な限りの対応は致します」
「だから、それでは無理だと言ってるんだ」
「やむを得ません。命令ですので」
「やむを得ない、だと? 患者の生命が危険にさらされるんだぞ」
 ホリタは身を乗り出し、スクリーンに顔を近づけた。ガーランドも顔をしかめてホリタをにらみ返す。
「確かに心苦しいことではありますが、国益のためには必要なことです」
「本気かね、ガーランド准将」
「国家のためです」
「国家のためには、人が死んでも構わないのかね?」
「構わないとは申しませんが、必要とあればそれは崇高な犠牲であり、国家のためには惜しむべきものではないでしょう」
「それが、救国軍事会議の考え方か」
 ガーランドは口を閉じたまま、答えなかった。
「それで決まった」 ホリタはゆっくり立ち上がり、ガーランド准将を見返した。 「我々第1辺境艦隊は、救国軍事会議に参加しない」
 ガーランドはしばしの沈黙と共にホリタを直視した。
「………閣下は一個人と、我々の、いや、同盟全土の理想とを秤にかけるのですか?」
「それが対立するというなら仕方あるまい? もっとも、本来は対立するものではないと思うがね。帝国ならいざ知らず、私の記憶が確かならば、自由惑星同盟は民主国家だ。民主国家とは、本来一人の命を国家が全力をあげて守ることにあるはずだ。両者は本来一致するはずではないかね?」
「まことに残念です、ホリタ少将。以後の事態の責任は、閣下も免れ得ませんぞ」
 あまりの決まり文句にこみ上げる苦笑を押さえながら、ホリタは通信を切った。ガーランドの最後の台詞は、数千年前からテロリストが使い古してきたものだ。
 ホリタはゆっくり振り返り、様子を見守っていた部下たちを見た。
 幕僚たちは、予想通りと言いたげに笑みを浮かべる者と、無表情を決め込む者が半々だった。
「意見の違う者もいるだろう。そういう者は自由にしてくれていい。だが私が司令でいる限り、艦隊としては私の決定に従ってほしい」
 あるいはここで誰か動くか……ホリタは覚悟を決め、チャロウォンク准将は腰の銃に手をあてた。万一誰かが司令に反対して実力行使に出たときのためだ。
 ホリタはもう一度全員を見渡した。アラルコン准将に目が止まったが、准将は完全に無表情を崩さなかった。
「よし、それでは……まずラムビス自治政府とコンタクトをとって、自治政府の要請という形を早急に取り付ける。その上で 《フレミング》 拘束の不当性を訴え、我が艦隊が全力を持って 《フレミング》 護衛に当たる旨の声明の準備を頼む」
「……全艦隊で、ですか?」
 ホリタはニヤリと笑い、
「全力で、だよ。それが物理的にどの程度かは明らかにしない。ただ、そうともとれるニュアンスは忘れずにな」
「先に公表すると連中を追いつめることになりませんか?」
「秘密裏にもみ消されるのを防ぐためだ。ただし、その危険は確かにあるな。後は時間との勝負だ」
 本当のところ、ガーランドに対しては救国軍事会議支持をにおわせて 《フレミング》 解放を交渉するという手もあったのだが、これが他に伝わって第1辺境艦隊がクーデターに参加したととられてしまうと、派生する影響は計り知れない。いろいろな意味で、もはや旗色を明らかにすべき時であろう。
 しかしこれは、救国軍事会議全体への宣戦布告ととられるかもしれない。第2辺境艦隊が妨害に出れば、交戦となる恐れも大きい。極力交戦だけは回避したいのだが……。
 とにかく 「敵」 に自ら突っ込んで交戦をまねくより、裏をかいて避ける方が良い。そのためにも今後は艦隊の位置や行動を慎重に探らねばならない。
 部下たちと強行偵察のスケジュールを立てながら、ホリタは胸と胃の痛みを自覚していた。



          

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