5.出 動
ホリタが 《フレミング》 解放の作戦案を示した時、幕僚たちは少なからず驚きの表情を見せた。
現在の第2辺境艦隊は、補助艦艇を含めてもせいぜい1500隻程度であり、その中で稼働状態にあり、かつ叛乱に参加している艦艇数は、それより遙かに少ないと考えられる。また、そのうち半数以上は占拠した各惑星に張り付いているとみて間違いない。つまり艦隊行動をとることのできる艦艇はせいぜい数百隻なのは確実である。また、その数百隻がひとかたまりに行動しているわけではない。現に、アイギーナ周辺にいる
「敵」 は今のところ数十隻だ。
それに対し、ホリタは 《フレミング》 救出に対して旗艦
《メムノーン》 をはじめ精鋭1000隻を一度に出動させ、さらに500隻を途中まで進出させると述べたのだ。
「思い切った編成ですな」 幕僚たちを代表するように、チャロウォンク准将が言った。
「初めから第2辺境艦隊の全軍と対抗しうる兵力を、というわけですか?」
「いや、そういうわけじゃない。出来る限り全面衝突は避けるつもりだ。おそらく最初に遭遇する相手は数十隻だろう。だが、それに合わせた規模では敵兵力の逐次投入を招き、時間を長引かせ、全面衝突にまで発展する可能性もある。したがって、最初から圧倒的兵力をもってあたり、最初に遭遇する相手の抵抗の意志をくじく」
「それにしても最初から大兵力をもってあたるのは、いささか危険ではありませんか?」
これはンドイ大佐だ。 「ある意味 《フレミング》
を人質にとっているわけですから……」
「たしかにその危険性も考えたが、人質としてはちょっと妙だとは思わんか? 人質にするなら、非人道的とのそしりを免れ得ない病院船なんかより、金持ちの乗った客船なり、もっと手っ取り早く惑星自治政府の要人でも人質にするほうが効果的だ」
「金持ちを人質にしたら、われわれ貧乏人は喜んで放っておきますよ」
チャロウォンクの軽口に失笑が広がり、ホリタも苦笑してから説明を続けた。
「連中が 《フレミング》 にこだわるのは、何らかの理由があるに違いない。それがあるかぎりは
《フレミング》 に害が及ぶ可能性は少ないと思う。
しかしまあ、確かにアイギーナにいる指揮官が手段をいとわぬとすれば、
《フレミング》 を人質に見せかけて味方を呼び寄せるという手も考えられる。そうした場合に備えるだけの兵力、という意味もある」
「人質といえば、それを盾に降伏を求めてくるかもしれませんぞ」
アラルコン准将が発言する。
− 貴官ならそうするだろうよ。
チャロウォンクが可聴域以下でつぶやいた。
「ま、その場合は降伏するさ」
「閣下!!!」
アラルコンの怒声に、向かいの席にいたタチアナが大仰にのけぞる。
「帝国軍の捕虜よりはずっとマシだろう。それとも、同盟軍どうしが最後の一兵まであくまでも戦い続ける方がいいかね?」
「…………」
アラルコンの青筋を見て、ホリタは肩をすくめた。この男に対しては冗談が過ぎたか……。
「本隊は降伏すると見せかけるだけだ。その間に工作部隊を投入する。その編成と運用はウィリ大佐に一任する」
ホリタはそれ以上の発言がないのを確認すると、全員を見渡した。
「言うまでもないが、戦闘になって 《フレミング》
が巻き込まれては元も子もない。もっとも貴重なものは人命であり、しかも今回はどちらも同盟軍だ。一人の命も失うことなく、砲火を交えずに目的を達することが第一目標だ」
続いてホリタは、各部隊の分担を説明した。
《フレミング》 救援には、戦艦 《メナブシュ》
のウィリ大佐が機動部隊を指揮し、ホリタ自身も
《メムノーン》 で本隊の指揮をとる。これは、旗艦そのものが出動することによって、第1辺境艦隊の立場を明確にさせる意図もあった。
《マルドゥク》 のアラルコン准将率いる別動隊は、本隊との連携において、他から駆けつけてくるであろう第2辺境艦隊を牽制する。
第1辺境星域にはチャロウォンク准将が待機し、万一、第1辺境星域で何らかの事態が発生した場合は、司令代理として全権を持ってこれにあたる。
ンドイ大佐の空母 《ガルーダ》 をはじめとする機動部隊は、第1、第2辺境星域の境界付近まで進出し、ホリタ、チャロウォンクいずれの指示にも即応できるよう待機する。
カドムスキー大佐は高速戦艦 《チュンチャク》
以下、一部隊をもってこれら各部隊の相互連絡、輸送護衛などのバックアップを担当する……。
「や、私はまた留守番ですな」 一区切りついたところで、チャロウォンクがとぼけた表情で言った。むろん、ホリタの意図を把握した上での軽口だ。どこにクーデター派が潜んでいるか分からない現状で、チャロウォンクをもっとも信頼しているからこそであり、未だ信頼度の不明瞭なアラルコンは手の届く範囲に置いておきたいということなのだ。
「うむ。ただし!」 突然ホリタの声が高くなり、幕僚たちは驚いて司令官を見やった。「先ほども言ったように、これを機に第2辺境艦隊が総力を挙げて我々に向かってくる可能性は、確かにある! 無論
《フレミング》 救出が最優先だが、その安全が確保されれば……」
ホリタは思わせぶりに全員を見渡した。
「パルメレンドが手薄になった場合、本隊が第2辺境艦隊をひきつける間に、チャロウォンク准将指揮のもと、ンドイ大佐の艦隊を先陣として、全力をあげてパルメレンドを解放せよ! 根元を断てば枝葉も枯れる。状況に応じてアラルコン、カドムスキー、ウィリ各艦隊も向かわせる!」
驚愕のさざなみが皆の顔に広がっていった。
「それでは……本隊がおとりになるということではありませんか!」
ンドイ大佐がうめくように言った。
「うむ、だから早くけりをつけて助けに来てくれよ」
幕僚たちが散会した後、チャロウォンク准将が声をかけてきた。
「やはり思い切った作戦を考えられましたな」
「いや、向こうの総兵力が分かっているからこそ出来ることだよ。さもなければ、こんな作戦は無益な戦力分散でしかない」
「分かっているのだから良いではありませんか。ですが、閣下……」
チャロウォンクの口調が真剣味を帯びた。 「大変僭越ではありますが……万一攻撃を受けた場合は、応戦をためらってはなりませんぞ」
ホリタは、自分より若いものの最前線の経験は長い部下を見やった。
「一人の生命を救う、そのことに対しては誰一人異存はないだろう。だが……そのために何十人か何百人かが命を落とすような事態というのも避けねばならん」
「……一人の民間人を助けるために命を賭ける、それが民主国家の軍隊というものですよ」
「分かってる。分かってはいるが、特に今回の場合、士官はともかく、志願したわけでもない兵士たちを巻き添えにはしたくないからな」
チャロウォンクは複雑な笑みと共に頷いた。
「いずれ閣下には主力艦隊を指揮していただきたいものですな。なにしろ前線勤務だった頃の提督が、体当たりしてでも敵を仕留めろ、とわめき散らす人でしたのでね。……ところで、病院船の行き先がヒパチアではなく、ハイネセンだったらどうなさいました?」
ホリタは少し考えてから、首を横に振った。
「お手上げだね。いくらなんでもクーデター派の本隊が相手ではな。
《アルテミスの首飾り》 もあることだし……あれを何とか出来るのは、同盟では
《魔術師ヤン》 ぐらいじゃないかな」
「閣下なら 《アルテミスの首飾り》 にどのような作戦をとりますか?」
「私ごときには無理だよ」
「思考実験ですよ。それに、たとえ無理でも、やらねばならない場合もあるでしょう」
この時のチャロウォンクは妙にしつこかった。
「そうだな……無人艦隊を使うか……小惑星をぶつけるか」
「小惑星などたちまち迎撃してしまいますよ。それに12個の衛星それぞれが互いを援護しますからね」
「そいつは分かってるさ。だがら、12個に同時にぶつける。それに、それぞれの衛星に小惑星を次々と何個もぶつけるんだ。そうすれば互いに援護する暇もなくなるし、その間だけは小惑星迎撃に専念せざるを得ないから、そこに付け入ることができる」
「ん〜」 どうだ、と言いたげなホリタに、チャロウォンクは酸っぱい表情をした。
「その作戦の問題点は、ハイネセンの衛星軌道上という狭い宙域で、それほどたくさんの小惑星を制御するのはなかなか大変というところですな。ハイネセン降下まで衛星の気をそらすには、かなりの量が必要でしょう」
「うむ、それと作戦のスピードだな。ぐずぐずしていると小惑星のコントロールを奪われる。そうだ、それよりも
《アルテミスの首飾り》 自身のコントロールを何とか出来ないか、そこらへんをまず検討しよう」
「なるほど。そいつは良いかもしれませんな。その内それも調べさせておきましょう」
飄々とそう言って立ち去るチャロウォンクを、ホリタはやや呆気に取られて見送った。
同盟中央では、シャンプールを解放した第13艦隊に対し、クーデター派についた第11艦隊が出動したとの情報が流れ、急激に緊張が高まりつつあった。
同じ頃、第1辺境艦隊の出撃によって、第2辺境星域との境界でも緊張の水位は刻一刻と上昇していた。むろん中央における緊張の度合いに比べればはるかに規模の小さなものであったが、その限界水位もまた低く、決壊した場合の重大さは、当事者にとっては変わらない。
間もなく衝突するであろう第13艦隊と第11艦隊は、それぞれ1万隻以上を擁する主力艦隊だ。それに比べ、今ここで動いている艦隊は数百隻のオーダーである。が、数の多少に関わらず人命が関わっていることに違いはないのだ。
第1辺境艦隊の各艦では、緊張という名の風船が急激に膨らみ続け、いつ破裂してもおかしくない雰囲気が形成されつつあった。
辺境艦隊には、これまで本格的な艦隊戦の経験がない兵士たちもいる。彼らにとり、最初に砲火を交える相手が同じ同盟軍になろうとは……!
アイギーナで遭遇するであろうものが、緊張の風船を破裂させる針の一突きとなるか、あるいは別のものをもたらすのか、予測できる者はいない。