7.膠 着


 天然、人工、双方の障壁をかいくぐって傍受された通信を元にウィリ大佐の機動部隊が駆けつけた時 − すでに戦闘は終結していた。
 アラルコン准将の別動隊が、第2辺境艦隊の偵察母艦と巡航艦からなる小艦隊を、一隻残らず完全破壊していたのだ。こちらは 《フレミング》 を送ってきた小艦隊とは別に、「逃走した」 とされる 《フレミング》 を追跡していたらしく、最初から戦闘になってしまったのだという。
 ある戦艦の艦長は 「まさに袋叩きだった」 と証言した。撃破された小艦隊は、実に数倍の艦に包囲されて徹底的に殲滅されたのである。
 だが、通信記録には降伏勧告を行ったことが記録されている。第2辺境艦隊の各艦の方が、最後まで抵抗をやめなかったのだ。脱出した救命シャトルは、麾下の艦艇が救助している。− もっともこれは各艦が独自に行ったことで、アラルコン准将の指揮とは無関係である。それでも、准将の評価を下げるものではない。
 結局、アラルコン准将の指揮には何一つ落ち度はなかった。撃破された艦の乗員、それも一般兵士達のほとんどは、たまたま所属する艦隊がクーデター派に加わったというだけで、何一つ罪はなかっただろうに……。
 これが戦争というものか。これが軍隊というものか。
 やはり、私は軍人には向いていないのだろうか……。


 5月18日、ヤン提督の第13艦隊とクーデター派のラグランジュ中将率いる第11艦隊とが、ドーリア星域で交戦状態に突入した。
 なお両艦隊の衝突直前、第13艦隊を後方から支援しようと、ライオネル・モートン少将の第8辺境艦隊がドーリア星域方面に接近していた。モートン少将が後にホリタに語ったところによると、少将はヤン提督の指揮を仰ぐべく第13艦隊に通信を入れようとしたが、それより早く戦闘勃発の報が届いたため、少将はその場での通信を諦めたという。
 開戦の数時間前、ヤン提督が傍らの少年にどのような指示をしていたか、公式記録には何も残っていない。もしも1時間早くモートン少将が通信を入れていたら、この少年がどんな対応をしたか、そして少年や周りの者の信仰心にいかなる影響を与えることになったかは、永遠の謎である。
 翌19日にドーリア星域の会戦で第13艦隊が勝利し、クーデター派が機動戦力を失ったことが伝わると、救国軍事会議は急速に支持を失っていった。


 カドムスキー大佐の護衛で 《フレミング》 が無事ヒパチアに到着したことを確認すると、ホリタは出撃前に示したパルメレンド解放作戦をいったん白紙とした。
 強行偵察隊からの報告によると、それまで分散していた第2辺境星域の叛乱部隊は、いくつかの占拠惑星を放棄してパルメレンドに集結しつつあった。ドーリア星域でのクーデター派の敗北、そして第1辺境艦隊の行動に対抗すべく、戦力を集中させるつもりのようだ。
 これに対し、ホリタはンドイ大佐の機動部隊も呼び寄せ、艦隊をアイギーナ星系に布陣させた。ここを占拠していた第2辺境艦隊もすでに去り、アイギーナ自治政府は 「解放軍」 としてホリタらを迎えた。アイギーナはパルメレンドと第1辺境星域を結ぶ航路の要所であり、パルメレンドを望む橋頭堡を確保したようなものである。
 6月も半ばを過ぎると、部下たちがパルメレンド解放作戦をホリタに進言する頻度が、次第に上昇していった。
「貴官もかい。アラルコン准将など、もっと強硬な作戦案を出してくるのでね」
 ホリタはスクリーン上のチャロウォンク准将に苦笑を向けた。チャロウォンクは数百光年離れたラムビスに待機し続けているが、アイギーナからラムビスに至る制宙権を完全に確保できたため、通信が可能となったのだ。
「手段はともかくとして、今なら世論の支持もあります。それに閣下が功績をたてられる機会ともなります」
 やや偽悪的な表現にホリタはわざとらしく顔をしかめてスクリーンを見やった。チャロウォンクは肩をすくめ、
「功績という表現がお嫌でしたら、世のため、人民のため、と言ってもよろしいです。それでもお気に召しませんか?」
「いや、しかし本部長代理の命令は待機だったからね……」
 チャロウォンクは呆れたように首を振った。
「ヤマムラ医師の言い草ではありませんが、クーデター発生前の命令に、建前はともかくどれほどの意味がありますか。すでに報道された通り、ヤン提督は叛乱鎮圧に法的根拠を持っています。その元でなら、閣下が叛乱を鎮圧なさるにも何の問題もありますまい」
「私が支持するのは民主主義であり、同盟憲章だよ」 特定の個人でも現政権でもなく、という言葉をホリタは敢えて口にはしなかった。
 現在のヤン提督を支持するのは構わない。が、クーデターの後 − クーデターが潰えるのは間違いないだろう。その後、来るべきものは一体何か? 民主主義が回復されるのか? 腐敗政治も一緒に回復するのだろうか? あるいは……
 実のところ、ホリタは待ちたかったのだ。無理に進攻すれば、双方に一人の犠牲も出ないということはあり得ないだろう。だがすでに根元である救国軍事会議は支持を失い、その枝葉に過ぎないパルメレンドの叛乱勢力が枯れるのも時間の問題と思われた。ここは艦隊を展開させて心理的圧力をかけてやれば、これ以上の犠牲を出さずに枯らすことが出来る。そう考えていた。
 だが、この膠着状態は意外と長引くこととなる。


 ハイネセンで発生した重大事件を、汎銀河通信網が報道管制をくぐってすっぱ抜いたのは7月初頭のことであった。
 6月末、バーラト星系から脱出したというフェザーンの貨物船 《パルミラ》 が惑星ジャムシードに到着し、民間では最大手の汎銀河通信網に重大事件の発生を伝えた。
 ジャムシードはアキレウス級戦艦も建造してきた巨大工廠を擁する、軍需産業の盛んな宙域である。アムリッツァで散った 《クリシュナ》 や 《ペンテシレイア》、そして 《メムノーン》 も、実はジャムシード中央工廠で建造されている。しかしその一方、軍需産業とはいえ物資の流通にはフェザーンとの交流が不可欠であり、開放的な活気を持つ工業惑星となっている。
 そのジャムシードで 「首都ハイネセンにおいて救国軍事会議が民間人数万人を虐殺!」 というセンセーショナルなニュースがすっぱ抜かれたのだ。情報は首都を経由しないローカルネットによって同盟中へ広がっていった。
 ジャムシード近傍にもクーデター派に連なる部隊がいたものの、通信網がすっぱ抜きのためにとった作戦は、予想外のものであった。
 軍が通信社にのり込んだ時、通信社側はすべて非公式の地下放送組織がやったことであると突っぱねた。そして地下放送に関する情報も提供されたのだが − その本拠地は、ジャムシードの外にあった。どの惑星警備管区にも属していなかった。
 なぜなら、その地下放送局は移動する恒星間宇宙船内にあったのである。
 捕捉回避のために発信源を移動体におくのは、古くからの常套手段である。しかもこの場合は、同盟領内の経済統制で少なからぬ不利益を被ったフェザーン独立商人が協力したという噂も流れていた。
 当初は 「数万人を虐殺」 というのは誇張されたものではないか、と誰もが考えたが、事件の様相が明らかになるにつれて、決して過度の誇張ではないことが明らかになっていった。
 6月22日。反戦市民連合や野党勢力の呼びかけにより、ハイネセン記念スタジアムで 「暴力による支配に反対し、平和と自由を回復させる」 というスローガンの市民集会が催された。
 常識的に考えれば極めてまっとうな、むしろ大人しいぐらいのスローガンだった。が、秩序の名のもとに抑圧をも辞さぬ、救国軍事会議の中でも最右翼の者にとっては許しがたいこと、と映ったらしい。
 詳細は情報が錯綜して不明瞭だったものの、集会に乱入した軍の対応は、最初から暴力的なものだったという。そのため、ついに軍と市民が衝突する凄惨な暴動に発展したというのだ。一般市民の犠牲者、実に2万人以上。この事件は後に「スタジアムの虐殺」と呼ばれることになる。
 テルヌーゼンの反戦市民連合は 「軍の対応は最初から極めて暴力的であり、全責任は軍にある」 と声明を発表、対して救国軍事会議は治安警察に関係者の逮捕を命じた − が、治安警察や星間保安機構はこの件について救国軍事会議からあからさまに距離を保ち、それが分かると救国軍事会議はこの件について堅く口を閉ざした。やがて惑星自治政府の中からも非難の声が上がり始めると報道管制は急速にゆるみはじめ、もはや救国軍事会議にそれを押しとどめる力はなかった。


 ハイネセンでの惨劇の報は、第1辺境艦隊においてもほとんど全員を絶句させるに十分であった。犠牲者の筆頭にジェシカ・エドワーズ女史の名前を見たとき、ホリタは思わず身を乗り出してスクリーンを見つめた。
「これで……これで全ては終わった」 ホリタのつぶやきに、部下たちの視線が集まる。
「クーデターが、ですか?」 ウィリ大佐もさすがにやや青ざめている。
「ああ。もはやどんな手段をとろうと、クーデター派が支持されることはないだろう。クーデターが潰えるのは時間の問題だ。……あるいは、これでもなおクーデター派が権力を握り続けるなら、それはもはや同盟の精神が終わった、と言うことだろうな」
「閣下……まさか、ミス・イーランド……」 ウィリ大佐がホリタを見やった。
 ホリタは顎をひいて目を細めた。それは彼自身も考えていたことだ。
「リストを取り寄せますか? 通信社に手を回せば……」 ンドイ大佐が気遣わしげに言う。
「下手なことをしたら注意を引くぞ」 アラルコン准将が眉をひそめて口を挟んだ。
「我々はどうせ旗色を明らかにしたんだ、我々が注意を引くのはかまわんが……」 ホリタは腕を組んだ。 「やめておこう。たとえ名前を見つけたところで、我々に出来ることはない。また、もし無かったら彼女に迷惑になるだろう」
 それだけ言うと、ホリタは目を閉じてシートに身を沈めた。
 わずか数ヶ月前にこの目で見た光景、出会った人々が次々と脳裏をよぎる。あまりの急激な変化に、めまいすら感じる。この変化の後に来るものはいったい何なのか……?


          

「戦艦メムノーン伝」 INDEX