8.急 転
7月に入ってから、辺境各地はクーデター派と反クーデター派に分かれ、同盟全域を二分する
「冷たい戦争」 状態に突入していた。
ガーランド准将を中心とする第2辺境星域のクーデター派に対しては、ホリタの第1辺境艦隊が対峙し続けている。第4辺境星域の反乱軍に対しては、第5辺境艦隊のウィジャラトニ准将が包囲網を形成しつつあった。そして第9辺境星域のカッファーに対しては、モートン少将率いる第8辺境艦隊とザーニアル准将の独立警備艦隊が、挟み撃ちの形で対峙していた。
局地的なこぜりあいは各所で散発的に発生したものの、全体としてクーデター派は本拠地に立てこもる持久戦態勢をとり、これに対して反クーデター派の方も、彼らを包囲して長期戦の構えを見せていた。
反クーデター派がこの時点まで攻勢にでなかったのは、決して怠惰の結果ではない。クーデター派を封じ込めるだけでも、ヤン・ウェンリーがハイネセンを攻略するに際して、その後背の憂いを絶つという充分な意義があったのだ。
ホリタにせよモートンやウィジャラトニにせよ、こうしてクーデター派を封じ込めてさえおけば、後は世論の支持を一心に集めた
《魔術師ヤン》 がハイネセンにいる根本を絶つのを待てば良いはずであった。
7月14日。パルメレンド近傍まで進出した強行偵察隊からの報告は、それまでの膠着状態から事態の急変を生じさせることとなった。パルメレンドの地下放送が、ハイネセンにおける
「スタジアムの虐殺」 に抗議し、7月22日に抗議集会を呼びかけているというのだ。
「閣下!」 ンドイ大佐が珍しく興奮気味に言った。「これは危険ですぞ」
「その通りだ……」 ホリタは数瞬間思考をめぐらせたが、目を見開くと立ち上がった。
「パレルメンドへ向かう! ハイネセンの悲劇を繰り返してはならん!」
アイギーナに待機していた艦隊の間を急報が駆けめぐり、長期にわたる膠着で沈滞しかけていた将兵の神経を叩き起こした。
アラルコン准将の 《マルドゥク》 率いる高速部隊500隻が、先頭を切ってパルメレンドを目指した。一刻も早くパルメレンドに展開し、クーデター派に対して心理的圧力をかけるためだ。それに続いて、《メムノーン》
を中心とする1000隻がアイギーナを進発する。
先日、かのシドニー・シトレ退役元帥が全同盟に向けてヤン・ウェンリー支持を訴えたこともあり、今や世論は反クーデターに固まりつつあった。そのため、第1辺境艦隊の兵士たちの間でも
《フレミング》 解放の頃のためらいは影を潜め、
「反乱軍を討伐に行くのだ」 という奇妙な高揚感が生じ始めている。
だが、相手も同じ同盟軍なのだ。また単に上官に従っただけ、という者も多いだろう。それを非難することは出来ない。上官への服従を強いることが、軍隊に限らず組織というものの愚かな本質なのだから。
その一方、たとえ同じ同盟軍であっても、万一市民に危害を加えるならばこれを放置することは出来ない。
「本部長代理の命令は待機だったのに、よろしいんですかい?」
出動を決めた後の通信で、チャロウォンクはニヤニヤしながらそう言ったものだ。
「なに、命令違反を問うてくるなら、その時は責任をとって辞めるさ」
ホリタの答えをチャロウォンクは冗談ととったが、そこには幾ばくかの本気もあったかも知れない……。
先行したアラルコン艦隊は無人衛星や小艦隊のささやかな抵抗を爆砕し、弦を放れた矢のごとく突進して惑星パルメレンドに肉迫した。
だがそこで、事態はさらに急転する。
パルメレンドに立てこもるクーデター派の間で、同士討ちが始まっているというのだ。
「クーデター派が分裂したというのか!?」
アラルコン艦隊からの報告に、ホリタは信じられない、という風に首をかしげた。
「真偽いずれにせよ、この機を逃してはなりません! パルメレンドを一気に制圧すべきです」
《メムノーン》 はじめ本隊はこの時点で未だ星系外にあったが、ホリタはアラルコンの意見を了承した。ただし、アラルコンの進言した衛星軌道上からの爆撃という強硬案は退け、陸戦隊を降下させるオーソドックスな作戦を命じる。
アラルコン艦隊到着の前から活動し続けていた偵察母艦の報告により、ホリタはパルメレンドの状況を確認することが出来た。
偵察母艦から射出された無人衛星が地上の様子を撮影し続けている。基地では戦車部隊が二派に分かれて撃ち合い、軍用宇宙港が炎上していた。地上偵察機は二派に分かれた双方から狙撃を受け、分裂した二派のどちらがどうなのかまでは分からなかった。
そこへ、アラルコン艦隊の降下部隊が襲いかかった。分裂していた一方はあっさりと降伏し、パルメレンド制圧は予想外に短期間で終了しそうに思われた。
だが、ホリタにはどうしても気になる点があった。
第2辺境艦隊の大半はクーデター派についたはずだ。降下部隊によって制圧された軍用宇宙港は、人員も設備も、シャトルもほとんど空であった。衛星軌道上にも艦隊の姿はない。数百隻はいたはずのクーデター派の艦艇は、どこへ行ったのか?
「司令、降伏した部隊の兵士たちの証言によりますと、クーデター派の指揮官ガーランド准将はパルメレンドに不在とのことです!」
降下部隊からの報告に、ホリタは腕を組んで頷いた。
「なるほどな。艦隊を伴って脱出したのか、大逆転を狙って潜んでいるのか……」
パルメレンドで22日に予定されていた市民集会は、事態の急転によって中止となり、散発的、偶発的なものにとどまっていた。市民の大半は、戦闘の続く軍事施設を息を潜めて見つめていた。
パルメレンド制圧はアラルコンの現有戦力でも充分可能と判断したホリタは、艦隊を星系外縁にとどめ、ガーランドと第2辺境艦隊の捜索を開始した。
第2辺境星域における争乱もまた、終幕に近づきつつあると誰もが感じていた。
同じ頃、第9辺境星域のカッファーでは叛乱部隊が暴発したものの、モートン少将の挟撃作戦が功を奏して壊滅した。カッファーの衛星軌道上から出撃した第9辺境艦隊は退却するモートン艦隊を追ったが、その背後をザーニアル准将の独立警備艦隊に突かれたのである。独立警備艦隊の兵力は大したものではなかったが、根拠地との間を絶たれたという心理的圧迫が叛乱艦隊を狂騒に駆り立て、自らモートンの包囲網へと突っ込んでいったのだった。
そして、カッファーに残された地上部隊が降伏するまでに、それほどの時間はかからなかった。
ジェラワット星系第10番惑星チョイワンはおびただしい微惑星群を従えており、離れて見るとぼんやりしたリングを持つように見える。この惑星の名前はある古語で彩雲を意味するらしいが、赤道上空にまとわりつく雲のように見えなくもないこのリングが、名前の由来かも知れない。
チョイワンには、パルメレンドから最も近い補給基地がある。フルオートメーション化されているため、補給を受ける艦船が不定期に立ち寄る以外は無人だった。
今そこに、500隻程度の艦隊が近づきつつあった。
先頭を大型戦艦が指揮する主力集団が固め、左右に巡航艦隊が薄く広がっている。そして1光秒離れて、戦艦よりもさらに巨大な
《メガプテラ》 級輸送艦10隻が追随していた。
チョイワンのリングに近づくにつれ、輸送艦はいっそう寄り添い、一方で周りの巡航艦は互いの距離を開け始めた。チョイワンに近づけば近づくほど、無数の微惑星群によりセンサー類は妨害される。だからこそこの星が補給基地に選ばれたのだが、それが誰にとっての幸運につながるのか……
突如、リングの一角からいくつもの光点が踊り出した。光点は近づきつつあった艦隊
− それも最後尾の輸送艦を一直線に目指していく。
「ミサイル群確認! 8時方向より急速接近中、輸送艦に命中します!!」
先頭を突っ切っていた戦艦 《メムノーン》
艦橋で、索敵士が叫んだ。
ホリタはシートから立ち上がり、メインスクリーンを見上げた。その時、エルナンデス少佐はホリタの顔にそれまで見たことのない表情を目撃していた。
ホリタは辛辣な笑みを浮かべていたのだ。
「全艦、全速前進! 大きく弧を描いて左舷回頭、展開せよ! 輸送艦はコントロール放棄!」
ホリタの指示で、500隻の艦隊は弾かれたように加速を開始した。飛来したミサイル群は輸送艦に殺到し、4隻が撃沈、さらに破壊された船体と衝突して3隻が大破した。だが、残る3隻は何事もなかったかのようにそれまでのコースを維持し続ける。それまで工作艦からコントロールされていた無人の輸送艦は、制御を失った後はただ元の軌道を直進するのみだった。
真っ先に回頭した巡航艦隊が、ミサイルの飛来した方向へ一斉砲撃を開始する。エネルギーの余波で微惑星が弾き飛ばされ、リングに潜む艦隊をしたたかに打ちのめした。
リングの中から沸き出すように出現した光点群に対し、
《メムノーン》 以下300隻の長距離砲による攻撃が降り注いだ。
「動力部を狙って動きを止めろ。できるだけ破壊するな!」
リングに潜んでいた叛乱部隊は、数からいえば互角に近いが、先手を取られた不利は否めなかった。
ウィリ大佐の戦艦 《メナプシュ》 を中心に高速部隊が躍り込み、すでに陣形を乱しつつあった叛乱部隊を潰乱の淵に叩き込んだ。艦隊はいくつかに分断され、ホリタの本隊とウィリ艦隊との間に挟まれた集団は一方的な砲撃の的と化していた。
「成功しましたね、閣下」 ホリタの横でエルナンデス少佐が言った。
行方をくらませた叛乱部隊が、第2辺境星域のどこかに潜伏するとすれば、無人補給基地があるチョイワンの可能性が高い。また仮にそこに叛乱部隊が居なくても、物資を補給できれば無駄にはならない。そう考えて無人輸送艦のトリックまで用意して艦隊を進めてきたのだ。
「ここまでは、な……」 何種類ものスクリーンを交互に見つめるホリタの顔には、先ほどの辛辣な笑みはもうない。
突然、索敵士がホリタを顧みて叫んだ。
「チョイワンの衛星軌道上からさらに別の艦隊が! 数、およそ700隻!」
「ガーランド本隊のおでましだな」
どうやら叛乱部隊は目の前の敵が500隻程度なのをいいことに、主力を繰り出して一気に勝負に出るものと思われた。
前面の叛乱部隊は、すでに戦闘可能な艦艇は半分を切っている。残りは損傷して漂うか、いずこかへ逃走しつつあった。
「逃走する艦には構うな。ウィリ艦隊を後退させろ!」
「新たに出現した艦隊の旗艦を確認。ガーランド准将の戦艦
《アイアコス》 に間違いありません」
「よーし、作戦パターンC!」
銀河史に残ることもないであろうささやかな戦いは、しかしそれでも数万人の運命をその手中にしながら、なお激しさを増しつつあった。