9.終 結


 眼前の 《メムノーン》 はじめ敵主力さえ討ち取れば形勢逆転できる − 《アイアコス》 率いる叛乱部隊は、そう信じてわき目もふらず突進しつつあった。
 そこへ、左舷後方から突如として無数のミサイル群が飛来した。正確な狙いもなく慣性飛行で直進するだけの非誘導型だったが、高速で突進する宇宙船が簡単にかわせるものではない。命中率こそ低かったものの、各艦の進路は完全に攪乱された。
「左舷方向に敵の伏兵がいる!」
 叛乱部隊で叫びがあがった頃には、すでにその背後から百機以上のスパルタニアンが迫りつつあった。
 ガーランド艦隊の進路を計算して、それに交叉するようミサイルを放ったンドイ艦隊200隻はすぐに元の座標を離れ、ガーランド艦隊が気付いたころにはすでにその背後に展開しつつあったのだ。 《ガルーダ》 以下空母部隊から飛び立ったスパルタニアンは正確な射撃で次々と艦の動力部を貫き、叛乱部隊が応射準備を整える頃には、広く散開して離脱しつつあった。 そこへ、ンドイ艦隊の高速巡航艦が襲いかかる。
 ホリタの本隊を挟撃しようとしたガーランド艦隊は、逆にホリタとンドイの挟撃によってすでに統一した指揮系統を失いつつあった。
 一万隻以上の主力艦隊による会戦は時に数日に及ぶが、数百隻程度の艦隊戦では一隻が脱落した場合の損失がはるかに大きいため、たちまちのうちに勝敗が決することが多い。 わずか十数分の砲戦で、叛乱部隊はもはや挽回しようのない痛手を負っていた。
 犠牲者を増やさぬためにも、そろそろ 《アイアコス》 に通信回線を開くか − ホリタがそう考えた時、通信士が叫び声を上げた。
「司令! 駆逐艦 《ムカル82》 より急報! さらに100隻ほどの艦隊を確認、こちらへ向かってきます!」
「やってくれるもんだな、ガーランドも……」 ホリタは周りに聞こえない程度の声でつぶやいた。 「こっちもこれでカードは出し尽くしたんだが」
 ホリタは戦況を映しだすメインスクリーンを見上げた。宇宙艦が輝点となって、めまぐるしく動き回っている。その輝点一つ一つは数百の人命をも意味している。その全てが、ホリタに託されていた。一瞬たりとも躊躇しているひまはない。
 新たに出現した艦隊は、ホリタ本隊、ンドイ艦隊、叛乱部隊主力が三つどもえになっている宙域へと直進してきた。 ホリタから見れば、右舷方向からである。
「全艦、一時後退! 左翼方向へ移動して、新たな敵を正面に捉えろ!」
 本隊の後退に呼応し、ンドイ艦隊も後退する。 新たな敵が背後に回るのを防ぐためだ。 これによって包囲網が大きく開いた叛乱部隊は、新たに出現した艦隊と合流すべく急速移動を開始した。 が −
「なんだと!?」
 ホリタ本隊、ンドイ艦隊、叛乱部隊のほとんど全艦で、ほとんど同じ叫びが一斉に上がった。 新たな艦隊が、叛乱部隊主力へと砲撃を開始したのである!
「どうなってるんですか、これは……」
 後退して陣形を立て直したンドイ大佐が通信を送ってくる。
「そういえばパルメレンドでもクーデター派が分裂していたじゃないか。 どうやら、そういうことのようだな」
 砲撃はほとんど威嚇だったようだ。 呆気にとられるうちに、叛乱部隊同士の砲戦はやんでいた。 そのまま沈黙の数分が流れる −
「し、司令! 通信が……叛乱部隊から通信が入っています!」
「よし、開け!」
 通信を送ってきたのは、後から出現した方の艦隊だった。 スクリーンに壮年の男が現れ、敬礼する。 どこか見覚えがあるような……
「第2辺境艦隊、戦艦 《フンシェン》 艦長、ビューフォート大佐です。 第2辺境艦隊は降伏いたします」
 エルナンデス少佐があっと声を上げた。 一瞬遅れて、ホリタも男の声で思い出した。
 スクリーンに映っているのは、2ヶ月前、病院船 《フレミング》 が解放された時に通信を送ってきた人物だったのだ。
「ガーランド准将は? 《アイアコス》 はどうなってるんだ!?」
 スクリーンの中でビューフォート大佐はちらと横を見た。
「つい先ほど、《アイアコス》 より通信がありました。 ガーランド准将は 《アイアコス》 艦橋で自決なさいました」
 ホリタは絶句し、ついでサブスクリーンの一枚を見やった。 動力を停止し、降伏信号を発信し始めた 《アイアコス》 を。


 2ヶ月前。 病院船 《フレミング》 の拘禁を命じられていたビューフォート大佐の小艦隊は、 《フレミング》 逃亡に見せかけてこれを解放した。間もなく同盟中央では第13艦隊がドーリア星域で勝利を収め、ガーランド准将以下のパルメレンド叛乱部隊も 《フレミング》 の件には構っていられなくなった − のだが……ビューフォート大佐の部下の中から、ガーランド准将へ密告する者が出たのだ。
 自身に危険の及ぶことを悟ったビューフォート大佐は、パルメレンドに帰投することなく、叛乱部隊からの離脱を決意した。 ところが、意外にも叛乱部隊の中からビューフォート大佐への賛同者が続出したのだ。 むろん、同盟中央ですでに救国軍事会議が支持を失っていたことが大きかった。 第2辺境星域でクーデターに参加しなかった部隊も糾合し、ビューフォート大佐は機を見てアイギーナの第1辺境艦隊に合流するつもりだった、という。 ところがその前に、パルメレンドでの市民集会を機に第1辺境艦隊が出動したのだ。
 第1辺境艦隊の脅威からパルメレンドの地上部隊まで分裂したため、叛乱部隊に対する叛乱部隊であるビューフォート大佐を追撃しようとしていたガーランド准将は、パルメレンドに戻れなくなってしまった。 そこでガーランド准将はチョイワンに潜伏したのである。そこへホリタらも向かったことを知ったビューフォート大佐は、叛乱部隊の無益な抵抗を阻止しようと駆けつけてきたのだった。 威嚇の砲戦の最中も、両叛乱部隊間で指向性通信による呼びかけと反論の応酬があったらしい。 そして、ついにガーランド准将は自決したのだという……。


 パルメレンドの第2辺境司令部をはじめとする地上軍事施設は、クーデター派の内紛とアラルコン艦隊の攻撃により、惨憺たる有様になっていた。 ホリタはパルメレンドの軌道ステーションを仮司令部とし、今や第1・第2両辺境艦隊あわせて千数百隻がそこへ集結していた。
 やがて、首都ハイネセンのあるバーラト星系に、ヤン提督率いる第13艦隊が布陣したことをマスメディアが大きく報道し始めた。 首都のクーデター終結ももはや時間の問題と誰の目にもうつり、報道管制も有名無実となっていたのだ。
 惑星ハイネセンは 《アルテミスの首飾り》 と呼ばれる12個の軍事衛星によって守られている。今やそれは、救国軍事会議の最後の砦となっていた。 《メムノーン》 の試験航行で 《アルテミスの首飾り》 を横目に見てから、まだ半年も経っていない! ホリタは、ラムビスから出撃する際チャロウォンクとの会話で 《アルテミスの首飾り》 を話題にしたことを思い出した。 「魔術師ヤン」 はいかなる手段をもって 《アルテミスの首飾り》 にあたるのか?


「自由惑星同盟の市民諸君、兵士諸君。 私は、救国軍事会議のクーデターに参加した、バグダッシュ中佐である。 私は諸君らに、隠された重大なる事実を伝えねばならない……」
 第13艦隊から発せられた強力な通信波は軍用周波数のすべてに渡っており、さらにテルヌーゼンの民間放送局がこれを受け、同盟中の通信社へと送っていた。 超光速通信に乗った画像は各辺境にも届けられ、ホリタたちのいる軌道ステーションでも、メインスクリーンにバグダッシュという人物の顔が大写しになっている。
「私はこの軍事革命の計画が、国を憂える大儀から起こったものと信じて参加した。 ところが、そうではなかったのだ。
 現在、我が国だけではなく銀河帝国でも、史上最大規模の内戦が行われているのは周知のことと思う。 これは偶然だろうか?
 いいや、そうではない。
 我が国のクーデターは、帝国の内戦の当事者たる、ローエングラム侯ラインハルトの策謀によって、引き起こされたものであったのだ!」
 ホリタは眉をしかめ、横を見やった。 ンドイ大佐は顎に手を当て、ウィリ大佐はぽかんと口をあけていた。 アラルコン准将は気難しげにスクリーンを睨みつけている。
「ローエングラム侯は帝国内を二分する内戦をひかえ、我ら同盟軍の介入を許さぬために、我々を分裂させたのだ。 私はその事実を知り、この軍事革命が帝国の野心家と、それらに踊らされた一部不平分子による暴挙でしかないとを知った。
 諸君! この軍事革命に正義はない! この上は一刻も早く無益な争乱を収拾し、国家の再統合を図るべきだ……」


「本当ですかね、これは?」 ンドイ大佐がつぶやくように言う。
「たとえ情報部とはいえ、一介の中佐がそれほどの 『事実』 を知ることが出来るものかどうか、たしかに疑問ではあるがね……」
 − 事実かどうかはともかく、これはヤン・ウェンリーによる情報作戦の一環なのだろう……。
 ホリタの予想通り、クーデターに参加した将兵たちには激しい動揺がわき上がっていた。 パルメレンドの叛乱に参加した高級士官の中に自殺者が現れたため、ホリタは不本意ながら第2辺境星域幹部の監視を強めざるを得なかった。 司法権のないホリタとしては、それ以外の選択肢はなかったのだ。
 そして −
「やりました! ヤン艦隊が、ハイネセンへの降下作戦を開始しました!!」


 惑星ハイネセンの赤道上空に、ほぼ同時に12個の火球が発生した。 惑星をぐるりと囲んで輝く、12個の光の玉による首飾り。 だが数瞬後には光球も消え、きらきら光る無数の氷片が首飾りの名残をとどめるのみだった。
「魔術師ヤン」 がとった戦法は、亜光速にまで加速した巨大な氷塊をぶつけるというものだった。 たしかに宇宙船程度の物体であれば、 《アルテミスの首飾り》 は難なく迎撃したであろう。 だが、己の何十倍もの体積と、亜光速にまで加速して無限に増大した質量の前に、あえなく砕け散ったのである。
「さすがというか何というか、名将の考えることは違うね」 チャロウォンクとの定時連絡の折り、かつての会話を思い出してホリタは感想を口にした。
「ですが閣下の案もいい線いってましたな。 小惑星を12個に同時にぶつけるという」
「いや、私の案は衛星の気をそらせる、というところどまりだったからな。 ぶっ壊してしまうことまでは考えられなかった」
 それこそが、我々凡人と天才との差なのかも知れない。 我々は現状維持を最優先するが、天才は現状をひっくり返してでもベストを目指す。 帝国のローエングラム侯は、旧王朝を倒して改革を断行するだろう。同盟の誇る天才ヤン・ウェンリーはどうだろう。 同盟の未来に、どのようなビジョンを描いているのだろうか……?


 《アルテミスの首飾り》 を失い、対抗手段をすべて失った救国軍事会議は、間もなく降伏した。 最初の辺境における叛乱から4ヶ月、史上最大のクーデターは終結した。 同盟中に深い傷跡を残して。
 残り少ない主力艦隊の一つであった第11艦隊はほぼ一隻残らず失われ、ハイネセンの最終防衛線たる 《アルテミスの首飾り》 もまた失われた。 ハードウェアはまた造ることもできよう。 しかし、第11艦隊の将兵も 「スタジアムの虐殺」 で犠牲になった2万もの市民も、永遠に帰ってはこない。 なにより、同胞同士が戦ったという醜悪な事実は、同盟市民の心に容易には癒えぬ傷を刻みつけていったのである。


          

「戦艦メムノーン伝」 INDEX