10.背 景


 戦艦 《フンシェン》 から降り立ったビューフォート大佐を、ホリタは自室へと迎え入れた。
 ホリタは第2辺境星域全体の掌握をすべてビューフォート大佐に一任し、自身は動きを控えていた。第2辺境星域の各部隊から見て 「よそ者」 たるホリタよりも、ビューフォートの方が従いやすいだろうとの考えだった。 それに、ガーランド准将の自決を知ってなお抵抗する者など皆無だったのだ。
「ホリタ閣下……閣下が鎮圧して下さったことに、我々は深く感謝しております」
「私は何もしていないよ。 《フレミング》 解放にせよチョイワンでの戦闘にせよ、貴官がいたからこそうまくいったんだ」
「いえ……聞くところによりますと、シャンプールやカッファーでは、クーデター側におびただしい死傷者が出たということです。 ですが、パルメレンドでの犠牲者はそれよりも少なくて済んだのですから」
「それこそが貴官のおかげなんだよ」 ホリタはビューフォートの肩をそっと叩き、椅子へと座らせた。 「ところで……ゆっくり聞く暇もなかったが、一つ教えてくれないか……」
 考えてみれば、ホリタが反クーデターを決意したのは 《フレミング》 拘束がきっかけであった。 そして、ビューフォート大佐がクーデター派を離脱したのも、やはり 《フレミング》 の件がきっかけとなったのだ。
 《フレミング》 はなぜ拘束されなければならなかったのか……?
「実は拘束そのものは、救国軍事会議の命令というわけではなく、確認程度だったのです。 ただ、ガーランド准将が気にされたのはパルメレンドにおけるスパイの存在でした」
「スパイ? 帝国の?」
「ええ……イゼルローン要塞が我が軍の手中に落ち、帝国軍が同盟に張り巡らせていたスパイ網もかなりが解明されたことはご存じの通りです。 そのスパイ網の一つが、パルメレンドまで達してそこで手がかりが途絶えていたのです。
 どこからどのような情報があったのかは小官には分かりません。 ただ、クーデター派は強硬なスパイ狩りを始めていましたから、そのスパイ網を担う一人が 《フレミング》 に乗り組んで、クーデター派の及ばぬ宙域へ脱出するという情報があったようなのです」
「そうか……結局、その情報は事実だったのか?」
「分かりません。 ただ私からお願いいたしたいのは、《フレミング》 に乗り込んでいた乗員・乗客について、閣下にご迷惑がかからない形で追跡する必要があるかもしれない、ということです」
「なるほどな……」 ホリタは腕を組んだまま天井を仰いだ。 「 《フレミング》 解放の時点で、乗員・乗客については一通り確認したが……」
 ホリタの脳裏に、あの車椅子の亡命貴族が浮かんだ。 だが、すぐに心の中で首を振る。 何ら具体的な証拠もないのだ。 予断は禁物だ。
「後は情報部と連絡をとって……」 そこでホリタは押し黙った。 最高幹部がクーデターに参加していた情報部は、それどころではないだろう。
「今回の内戦は……一体なぜこんなことになったのだろうな」 ホリタは具体的なものを期待したわけでもなく溜め息とともにつぶやいたが、ビューフォート大佐は急にあたりをうかがう様子を見せ始めた。
「あるいは……」 誰もいないにもかかわらず、ビューフォート大佐は声を潜めてやや身を乗り出した。 「クーデターが潰えた今、お話しするべきではないかも知れませんが……」


「査問会、というのをご存じですか?」
 ホリタは突然めまいにも似た既視感を覚えた。 あれは……その単語を聞いたのはいつのことだったか……!?
「もちろん公式な規則としては存在しておりませんが、どうやら国防委員会あたりが、非トリューニヒト派の将官に対して些細な理由をこじつけて、その査問会にかけようとしていた、というのです」
 数ヶ月前のホワン・ルイの顔がまざまざと蘇ってくる。
「実施するつもりだったかどうかはともかく、査問会の対象としてあげられた将官の数は、かなりに上ったようです。 例えば、情報部ブロンズ中将。第11艦隊司令、ルグランジュ中将。第4辺境星域司令官代理、ハーベイ准将……」
「……クーデターに参加した将官ばかりじゃないか!」
 ビューフォート大佐は深くうなずいた。
「そうなんです。 もちろんクーデターに参加したのは、それぞれの理想や考えがあってのことだったのでしょう。 ですがそれとは別に、政治家たちが自分たちを玩具にしようとしている、そんな危機感もあったのかも知れません。 おそらく査問会の対象として狙われているという焦り、それもクーデターという強硬手段へと駆り立てた一因だったのではないでしょうか」
 そこでビューフォートは、ホリタの顔をうかがうような様子を見せた。
「実は……ガーランド准将は、不確実な情報ながらアラルコン准将や、ホリタ閣下、閣下も査問会の対象に狙われているらしい、と言っておいででした。 何かご存じでしたか?」
 ホリタは数瞬間リアクションに迷ったが、ゆっくりと首を横に振った。
 ビューフォート大佐によれば、第1辺境星域ではアラルコンが同志に加わるのではないか、とガーランド准将が言ったというのだ。 大佐が直接聞いたわけではないが、クーデター派は当初、各辺境星域で同調する可能性の高い将官をピックアップさせていたらしい。 第2辺境星域はむろんガーランドであり、この第1辺境星域ではアラルコンが挙げられていたという。
「あくまでも噂程度のことです。具体的な証拠もあるわけではないのですが……」


「アラルコン准将。 確認したいことがあるのだが」
 ホリタは自室にアラルコンを呼び出していた。パルメレンド制圧の功績を推薦する旨を伝えた上で、ホリタは内心恐る恐る切り出した。
「貴官はクーデター発生前に、クーデターの可能性をうかがわせるような情報を得ていなかったかね?」
 アラルコンは見事なぐらい無表情だった。 もしかすると、この手の質問を予期していたのかもしれない。 あるいはそれが間接的に 「何か」 を示しているのか……。
「いいえ。 なぜそのようなことをお尋ねになるのか、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」
「うむ……実は、エベンス大佐から貴官に通信があったという記録があってな。 私としてもこういう質問は大変心苦しいのだが、なにぶん首都からやってきた治安部隊がいろいろとほじくり返しているのでね。 一応確認しないわけにはいかないんだ」
 ホリタはクーデター勃発当時、画面に現れたエベンス大佐を見て腰を浮かせたアラルコンを思い出していた。
 エベンス大佐という言葉を聞くと、アラルコンの顔にわずかに朱がさした。
「クーデター発生前にそのエベンス大佐から通信があったことは確かです。 ですが、小官はもともとエベンス大佐とは不仲であり、具体的な話は一切ないまま通信を終えました。 万一その時にクーデターを示唆する内容を聞いておれば、遅くともクーデター発生時点で閣下にお伝えすることは小官の義務であったと考えます」
「そうか」 ホリタはちょっと考えて頷いた。 「その通りだな、分かった。治安部隊の方からも質問があるかもしれんが、気を悪くしないでくれたまえ」
 アラルコン准将は相変わらず堅苦しい表情で敬礼すると、退出していった。
 まあいいか……。 首都の裁判で事実は明らかにされるであろう。
 だが……確かにアラルコンはクーデターに参加しても不思議のないタイプだ。 もしも……もしも、クーデターにエベンス大佐が参加しておらず、アラルコン准将にクーデターの内容が伝えられ、彼が参加していたら……?
 ラムビスでも叛乱が起こっていたかも知れない。
 ホリタは久しぶりに心の底に冷たいものを感じた。軍隊というものの根本的な危うさについて、改めて思い知らされた気分だった。
「どうも私は指揮官の器じゃないな……」
 ホリタは腕を組み、天井を仰いだ。 考えれば考えるほど、アラルコンのようなタイプを使いこなすだけの器量が自分にはないという思いが強くなっていく。
 もっともアラルコンは階級を絶対視するタイプだから、他の指揮官のように強圧的にでも命令していればそれですむのかも知れない。 が、そういう指揮官こそ器量がないとホリタは考えているのだが……。
 そうした考えがプラスになるのかマイナスになるのか、自分自身にも分からなかった。


 結局、ホリタの悩みはアラルコンに限っては杞憂に終わることとなる。
 アラルコンは少将に昇進の上、第2辺境星域司令官への就任が内示されたのだ。 むろん実施されるのは内戦の混乱が収拾された後であり、かなり先のこととなるだろうが……。
 本人と同じく周りの者も礼儀以上の感情表現は一切なかったが、陰では様々なリアクションがあった。 ホリタ自身もある程度ほっとしたことは事実であり、それが自分の狭量によるものではないか、と思い悩んでいた。
 ただ、大勢の部下が一緒に第2辺境星域へ赴任することとなり、場所はともかく指揮官の名を聞いて、天を振り仰いだ者が相当数いたことは確かである。


 アラルコンの昇進は例外中の例外、というより一種の順送り人事であり、今回の戦勝の相手は銀河帝国ではないということで、昇進ではなく勲章などで済ませられる旨を、くどくどと説明する文書が国防委員会から回ってきた。
「アホか、こんなことまで利用して出世しようなんてのはお前らぐらいだ」 そう小声で毒づいたのはチャロウォンク准将だったが、誰しも同じ思いだった。
 報道によると、首都では自由戦士一等勲章だの共和国栄誉章だのハイネセン記念特別勲功大章だの、ご大層な名前の勲章が飛び交っているらしい。
「特別勲功大章なんて名前の勲章があったんだなあ。初めて聞いたが……」
「いや、どうもヤン大将のために新しく設けられたらしいですな」 ホリタのつぶやきにンドイ大佐が応じた。
「自由戦士一等勲章ねえ」 隅ではチャロウォンクがニヤリとして、「末等勲章ぐらいはでないかね」
「末等って……宝くじじゃないんだから……」 チャロウォンクの軽口に、タチアナが深くため息をついた。
 ホリタたち鎮圧側についた辺境艦隊にも、首都で飛び交うものの足元にもおよびはしないが、ほんのささやかな勲章があるらしい。 アイギーナ自治政府や、あのヤマムラ医師の推薦もあったようだ。 推薦者の中にウォルター・アイランズの名前があるのを知ったとき、ホリタは思わずタチアナの方を振り返ったのだが − 「何が言いたいわけ?」 と言わんばかりに冷たく睨み返され、慌てて視線を外したのだった。


 部下たちが散会した後、ホリタは国防委員会のくどすぎる通達をデスクに放り出し、ため息とともにシートに背を預けた。
 ホリタはもともと出世欲が少なく、またさしたる能力もないと思っているから、これまでも昇進がなくともどうということは感じなかった。
 第一、自分が中将になる可能性など無限小に思える。少将から中将への壁は、それまでよりもはるかに高い。中将といえば、主力艦隊の指揮官か、あるいは艦を降りて上級管理職にでもなるかだ。だが栄光の同盟軍主力艦隊は今やそのほとんどが失われ、新たな艦隊が編成される可能性もまずない。それに、すでにトリューニヒト派で占められている地上に降り立つのもまっぴらだった。
 自分は今のままで構わない。今だって自分の身には過分なぐらいだ。しかし……自分が居座っている限り、部下たちの昇進の障壁になってしまうのではないだろうか。 本来ならば、実戦経験の豊富なチャロウォンク准将や軍歴の長いンドイ大佐はもっと昇進しても良いはずだ。
 ならば、いっそのこと……退役するか。 そうすれば、自分よりもふさわしい者が自分のポストや、さらにその上へもあがれるだろう。
 だが、ホリタは自分の能力に自信がない一方、すぐ退役するだけの勇気がないことも知っていた。
 いずれにしても今の体制が続けば、の話だ。 来年、再来年もこのままかどうかは誰にも分からない。 それに、こんな悩みを持つ間もなく戦死していった者たちから見れば、贅沢きわまりない悩みなのかも知れない。
 今日明日やらねばならないことは無数にある。またも思考が先送りされることにささやかな自己嫌悪を覚えながら、ホリタは積み上げられた雑務へと意識を振り向けていった。


          

「戦艦メムノーン伝」 INDEX