5.


 無人タクシーが自動運転で疾走する間、ミリアムと他愛ない話を続けながらも、ホリタの意識の半分は過去をさまよっていた。 そのため、話が途切れた時、ふと彼女の顔がくもったのにも気付くのが遅れた。
「どうかしたかね?」
 ホリタは、彼女が何かを迷っているような気がして穏やかに尋ねた。
「あのう……その……閣下は女性の軍人ってどう思われますか?」
 そうか、とホリタは彼女の言わんとするところを悟った。
 ミリアムは3年前、 「軍人子女福祉戦時特例法」、 いわゆるトラバース法で新たな軍人の養女となった。
 トラバース法で養子となった子供は、15歳まで一般の学校に通う。 そしてその後は、士官学校や専門校などで軍人の道を歩めば、養育費の返還が免除される。
 今日は、ミリアムの15歳の誕生日なのだ。
「……来年の進路のことだね?」
 ミリアムはためらいがちに頷いた。
「私自身は女性だからどう、と考えたことはあまりないなあ。 ミリィはどうだい?」
「あまり……恥ずかしいんですけど、あまりよく分からなくて……女性でもできるかどうか……」 
 実際には女性でも様々な後方支援、医療などの技術分野など活動の場は多い。 最前線の艦艇でさえ、大勢の女性兵士が乗り組んでいるのだ。 少ないながらタチアナのように艦長にまでなる女性もいるし、空戦隊には意外と大勢の女性パイロットがいる。
 だが、この場合は 「できる」 と言うのが良いものかどうか……
「お父さんは何と?」
「まだはっきりとは……でも昔、何かの折に女性がやるべき仕事じゃないってこと言ってました」
「う〜ん、そうだね……これは私見だけど、女性だからやってはならない仕事なんてのは、この世に存在しないと思うよ。 軍人なんて仕事は本当はないほうがいい、という意味なのかも知れないけど、だとすれば男も女も関係ない」
「ないほうがいいんでしょうか、やっぱり……」
「軍人をやってる本人が言うのもおかしな話だけどね。 できれば誰だって死にたくないし、人が死ぬのを見たくはないだろ? そう……もしも私だったら、一度失った子供をもう一度戦場で失うのは嫌だけどね」
 ミリアムは一瞬ホリタを見つめ、ついで考え込むようにうつむいた。
 一方のホリタも、ミリアムの養父のことを思い、言ってよかったものかどうか考え込んだ。
 彼女の養父は、4年前の第5次イゼルローン攻防戦で息子を失っているのだ。
「……まあ、もう少し時間はあるんだ。ゆっくりお父さんと話し合ってみたらどうかな」
 単なる逃げでしかないことはホリタも十分承知していたが、それ以上踏み込んで良いものかどうか分からなかったのもある。 それに、ちょうど目的地に近づいて車が減速を始めていたのだ。
 啄木鳥亭の前では、ミリアムの養父 − ンドイ大佐が待っていた。


 ンドイ大佐に導かれて店内のテーブルの一つに近づくと、先にンドイ夫人が座っていた。そしてその隣には……
「なんで君までいるんだ」
 勧められるままに座ったホリタは、思わずタチアナ・カドムスキーにささやきかけた。
「何よ、あたしがいたら悪いわけ?」
「い、いや……」
 ンドイ一家の眼前でそれ以上不毛なささやきを続けるわけにもいかず、ホリタはあっさり撃沈された。


「いや、カドムスキー女史を誘おうと言ったのはミリィですよ」
 約2時間後、男だけで話しましょうや、とンドイ大佐はホリタを隅のカウンターに誘った。 女性3人が何やら楽しげに話しこんでいるのを幸いに「撤退」したわけである。
「カドムスキー艦長は女性から見ればやはり憧れの的でしょうからなぁ」
「ふむ」 ホリタはグラスを手にしたまま少しの間考え込んだ。 「どうするね、ミリィの進路は……」
「何か言ってましたか?」
「いや……具体的なことは話してないが、随分迷ってるように見えたよ。 大佐自身はどう思ってるんだい? 立ち入った話で申し訳ないかもしれないが……」
「私は何も。 本人のしたいようにしてもらうのが一番です。 彼女自身の人生ですからね」
「そうだね。 しかしまあ、迷う時はある程度導いてやるのも年長者の役目だろうが……それが先入観にもなるし、難しいところだな」
「私には導けるほどのものはありません。 一度失敗していますし」
 ホリタはンドイ大佐の顔を見たが、彼は無表情にグラスを傾けている。 「失敗」 というのが4年前に戦死した実の息子と関係あるのだろうが、それ以上ホリタには立ち入る気持ちはなかった。
 だから、腕の携帯通信機が控えめな呼び出し音を発した時には救われた気持ちになった。
「ホリタ閣下……大変申し訳ございません」 声の主は司令部に残る当直の下士官からだった。 「宇宙艦隊司令部より緊急ファイルが送付されてきました。 ファイルを確認の上、艦隊臨戦体制と共に1時間以内に司令部に連絡するように、とのことです」
「分かった、臨戦体制についてはエルナンデス少佐の指示を仰いでくれ。 すぐに戻るから迎えをよこしてくれないか」
 通話を終えると、ホリタは立ち上がって女性たちのいるテーブルに歩み寄った。
「ミリィ、申し訳ない。 司令部に呼びつけられてしまったよ」
 ミリアムはホリタを見上げて表情を曇らせたが、ンドイ大佐が彼女の肩にそっと手を置いた。
「ちょうどいいタイミングだし、今日はこれでおしまいにしましょう。 さて、参りますか」
 そう言ってついてくるンドイ大佐に対してホリタは手を上げ、
「呼ばれたのは私だ。 今すぐに貴官が来る必要はないぞ」
「なに、どうせ臨戦体制でしょう? それでは小官もすぐに参らねばなりません」


 別れのキスを交わすと、ミリアムはンドイ夫人と共にタクシー乗り場の方へ歩いていった。 振り返って手を振る姿が見えなくなると、ホリタの隣でンドイ大佐がささやかな溜息をついた。
「しかしまあ、因果な商売ですな。 私も時々思いますよ。戦争孤児をその戦争責任者である軍人の家庭で育てるなんぞ、どう考えても意地が悪いとしかとれませんな」
 ホリタはふとタチアナの方を見たが、彼女は黙って二人の歩み去った方向を見つめていた。 今日の彼女は珍しく口数が少ない。
 ミリアムと何を話したのかは知らないが、タチアナも同性として思うことがあるだろう。
 迎えのジェットヘリが飛来し、風を巻き上げた。 それぞれの思いを口にすることもなく、三人は黙ってジェットヘリの方へと歩き出した。


          

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