3.


 ランテマリオ会戦は、この時点で生き残っていたアキレウス級や、その改良型を含む大型戦艦の大半が参加したことでも知られる戦いである。 同盟建艦技術の結晶であり、末期の同盟艦隊を支えたアキレウス級の最後の栄光であり、そしてまた、宇宙戦における一種の 「大艦巨砲主義」 への晩鐘でもあったと言えよう。
 自由惑星同盟軍総旗艦、アレクサンドル・ビュコック大将の 《リオ・グランデ》。
 パエッタ中将率いる第1艦隊旗艦 《パトロクロス》。
 ライオネル・モートン中将の第14艦隊旗艦 《アキレウス》。
 ラルフ・カールセン中将の第15艦隊旗艦 《ディオメデス》。
 マリネッティ准将の分艦隊旗艦 《ロスタム》。
 ロボス元帥の辞任以後は係留されたままになっていた 《アイアース》。
 アムリッツァ会戦で中破し、解体予定だった 《パラミデュース》。
 新設計艦の開発に伴い、中断されていたものを急遽完成させた 《シヴァ》。
 そしてアムリッツァを生き延びた、辺境艦隊最後のアキレウス級 《メムノーン》。
 アキレウス級に代表される大型戦艦もすでに多数が失われていたが、残るほとんどの艦がこの星域に集結していた。むろん肉眼で一望できるわけではなく、各旗艦を中心に3万2900隻の同盟軍が数光秒にわたって展開している。
「アムリッツァ以来だな、これほどの艦隊がそろうのは……」
 ライオネル・モートンはスクリーンを見上げ、傍らのホリタに言った。
 2月1日、集合宙域に到着したホリタは、幕僚たちとともに第14艦隊旗艦 《アキレウス》 を訪れていた。 第14艦隊の編成に関する短い会議の後、今度は 《リオ・グランデ》 で全体会議がある。 それまでのわずかな空き時間だった。
「 《パラミデュース》 はデュドネイ准将の指揮としたが、よかったかな? ンドイ准将かチャロウォンク准将に指揮してもらってもよかったのだが」
「は、二人とも幸いにして以前からの乗艦が健在ですので」
 ンドイ准将の 《ガルーダ》、チャロウォンク准将の 《アンドラーシュ》 とも、もう何年も前から二人が旗艦としている艦だ。 この時勢にあって、乗り慣れた艦にそのままいつづけられるのは幸運なことと言わねばならない。 その他の優れた艦は、ここ数年の動乱で戦力の損失が著しい他の辺境星域出身指揮官に委ねるのが賢明といえた。 デュドネイ准将は第3辺境艦隊の司令官代理にあり、昨年4月のイゼルローン攻防戦で第二陣として出動した時なども連絡を取り合った仲だ。
「 《パラミデュース》 は中破したとはいえ、あのアムリッツァ会戦を生き延びた艦ですからね。 あやかりたいものです」 定時連絡の際、デュドネイ准将はそう言ったものだ。
「これ以上、アムリッツァのような悲劇を繰り返してはならない……」 モートンの言葉にホリタはうなずいたが、モートン自身がすぐに首を横に振った。
「しかし今の状況ではあまりに苦しいな。 ホリタ少将、貴官には大変申し訳ないと思っているが……」
「は? と言われますと……」
「いや、本来なら士官学校も出ていないこの私より、貴官の方が司令官にふさわしいのだが」
「何をおっしゃいますか。 閣下のこれまでの戦功に比べれば比較にもなりません。 当然のことです」
 モートンはホリタの顔をちらと見やり、苦笑混じりの吐息をついた。
「貴官とは今も対等のつもりだ。 あまり堅苦しくならんでくれ。 とにかく、よろしく頼む」
「は……」
「どうだ、戦闘が終わってお互い生きていれば、790年もののワインをあけないか。 家にあるやつでいちばんましなやつを持ってきたんだ」
「それは楽しみですな。 生き延びる甲斐があるというものです」


 《リオ・グランデ》 会議室。 正面の席にはアレクサンドル・ビュコック司令長官が座り、長官の右手にチュン・ウー・チェン総参謀長。 そして総参謀長と相対する形で、同盟艦隊の将官が座っていた。
 第1艦隊のパエッタ中将、第14艦隊のモートン中将、そして第15艦隊のカールセン中将。 これとイゼルローンにあるヤン提督のみが、同盟最後の主力艦隊提督だった。 その横にウィジャラトニ少将、ザーニアル准将、デュドネイ准将、マリネッティ准将ら、分艦隊司令や辺境からやってきた将官たちが並ぶ。ホリタもその中にいた。
「帝国軍は現在、ポレヴィト星域に全軍を集結させています」
 チュン・ウー・チェン総参謀長が手元の操作卓を操りながら、メインスクリーンに戦況図を投影した。
「直進すればランテマリオ、ジャムシード、ケリムを経て、一路ハイネセンを目指すことになる。 ジャムシードからこちらの星域は、すべて有人惑星を有しておる。 もはや辺境ともいえぬランテマリオが、敵を阻止するぎりぎりの線じゃな」
「時間的にも……」 総参謀長がうなずき、諸将の方へ顔を向けた。 「いや実は、各地の警備隊や防衛機構に所属する艦艇までかき集めてこの作戦に投入してしまったため、各星系から疑念が出ているのですよ。 同盟軍は首都だけを防衛して、他の星系を見捨てるのではないか、とね」
 非難のうなり声を上げたのはパエッタ中将だったが、他の将官たちは無理もない、と言いたげに吐息をついたり視線を落とした。 ホリタも昨年6月にインタビューに訪れたザーシムという記者を思いだしていた。 マスコミでは表立ったことは報じられていないものの、市民の間には不安や動揺が急速に広まっている。
「とりあえず政府には、各星系が攻撃を受けた場合、無防備宣言を出すことを認めると布告してもらっておるが……」 ビュコックの表情にも苦渋が垣間見える。 「下手をすれば、そうした星系が同盟を離脱して中立化する可能性すらある。 この場合、中立といっても事実上帝国の従属国に成り下がることは目に見えておる。 そうさせんためにも、そろそろ戦って勝たねばならぬ状況になってきておるのじゃよ」
「それにしても、彼我の兵力差が大きいですな」
「アムリッツァの愚行がなければな」
 ビュコックの言葉に諸将は深いため息をついた。 モートンやホリタら、アムリッツァで戦った者たちはちらりと視線を交わし、かすかに首を振った。
「そういえば、貴官らは昨年、イゼルローンの増援でヤンと同行しておったな」
 ビュコックがやや口調を変えてモートン、マリネッティ、ザーニアルを見やる。三人が一斉に頷き、代表するかのようにモートンが、
「そのヤン提督ですが、イゼルローン要塞を出られたのでしょうか」
 総参謀長によれば、1月18日に要塞を放棄、途中で民間人を降ろし、2月15日頃、ランテマリオに駆けつけられるのではないか、という。
 兵力差が大きい現状では、ヤン提督の第13艦隊を頼りにせざるを得ない。第13艦隊と合流し、かつイゼルローン方面からの帝国軍が合流する前に開戦するのが望ましいことになる。しかし各星系の動揺を抑えるためにも、余り時間を空けることは出来ないことも確かである。
「いずれにしても、時間的な制限の前には、不利を承知で戦端を開かざるをえんでしょう」
 総参謀長の言葉に、緒将はそれぞれの表情で頷きあった。


 小惑星上に臨時に設置されたユニット式整備基地では、第14艦隊の空母群が補給・整備を大車輪で進めていた。
 永らく第一辺境艦隊の中枢にあり、アムリッツァでも戦った 《ガルーダ》 は、第14艦隊に属する空母の大半を擁するンドイ分艦隊の旗艦となる。 その 《ガルーダ》 を中心に 《クトゥーゾフ》、 《ホウオウ》、 《タペジャラ》 などが小惑星を取り囲むように艦体を浮かべ、工作艦がその間を飛び交っていた。
 そして各飛行隊は自機の整備後、開戦までのごくわずかな休憩時間を過ごしていた。
 休憩の間にも、パク・ミンファ大尉は手元の端末でシミュレーションを繰り返していた。 今回は大尉として、そしてにわか作り混成飛行隊の中級指揮官として、初めての実戦だった。
「失礼。パク大尉だね?」
 背後からかけられた声に振り返ると、空母 《ホウオウ》 のドルジンツェ少佐が立っていた。少佐は 《ホウオウ》 の名パイロットとして有名で、第14艦隊の数多い混成飛行隊のまとめ役となる人物だ。
 立ち上がって敬礼するパクに、ドルジンツェは気さくに微笑んだ。
「《ガルーダ》 の撃墜女王にお会いできて光栄だ。 《ガルーダ》 飛行隊はアムリッツァでも活躍したことで有名だしな」
「いえ、とんでもありません。足手まといにならぬよう微力を尽くします」
「大変な戦いとなるだろうが、よろしく頼むよ。 今は休めるうちに休んでおいた方がいい」
「は、ありがとうございます……」
「まぁ第13艦隊が合流するまでの辛抱だ。 第13艦隊と言えばポプラン少佐やコーネフ少佐だが……大尉は面識がおありかな?」
「え、いえ、その……直接には……」
 ドルジンツェ少佐はパク大尉の戸惑いに気付く様子もなく、噂話を披露していた。
 アムリッツァ会戦の死闘のさなか、中尉だったパク・ミンファは大勢の仲間を失ったが、イワン・コーネフに救われたことで、今ここにいる。それ以来、コーネフという人物に会いたいと思いつつ、未だ果たせずにいるのだった。
 アムリッツァ会戦から3年。 戦いは大勢の人々の運命を変え、そして多くの運命は未だ帰結していない……。


          

「戦艦メムノーン伝」 INDEX