5.


 2月8日、16時。 同盟軍を包囲する帝国軍5個艦隊のうち、もっとも右側にいた艦隊が突出し、第14艦隊の最右翼にあったデュドネイ分艦隊へ集中砲火を浴びせ始めた。
「今度はこっちの分断を図る気か! 装甲の厚い艦で固めろ、砲艦、巡航艦は右舷回頭して迎撃せよ!!」
 デュドネイ准将の指示は適切だったものの、彼の兵力で支えるには、敵の火力が強すぎた。 デュドネイ分艦隊は標準戦艦、巡航艦を中心に840隻。 軽快な行動力をメインとした機動部隊であり、艦艇数は分艦隊の中では決して多いとは言えなかった。 そこへ敵の一個艦隊の砲火が集中し、装甲の厚い大型艦でもたちまちエネルギー中和磁場が悲鳴を上げ始めた。 戦艦が脱落し、その隙間をこじ開けるようになだれ込む砲火が、中小の艦を蹴散らしていく。
「戦艦 《クロニエ》 撃沈! 第2機動部隊、戦線維持不可能!」
「全艦右舷回頭、密集しつつ全力で応射せよ!」
 デュドネイの乗る 《パラミデュース》 もまた艦首を右舷に向け、全力砲撃を開始した。 40門の艦首主砲から放たれる中性子ビームが帝国艦隊へ叩き込まれ、不運な敵艦を引き裂いていく。
 デュドネイの激烈な応射によって敵艦隊はいったん後退するかに見えたが、間もなく圧倒的な火力による攻勢が再開された。 17時までにデュドネイ分艦隊は3割が失われ、残る艦艇に対して正確なピンポイント攻撃が加えられた。 砲火は特に、もっとも大型であり、旗艦である 《パラミデュース》 へと集中し始めた。
 デュドネイ分艦隊の苦境に、チャロウォンク分艦隊が援護のため前進をはじめる。 だが17時30分、デュドネイ分艦隊と対峙する敵艦隊とは別の帝国艦隊が突出し、チャロウォンク分艦隊の前に立ちはだかった。 チャロウォンクはよくこれをはね返したが、その間にデュドネイ分艦隊への攻撃は一層激しくなっていた。
 18時50分。 すでに何発も被弾していた 《パラミデュース》 のエネルギー中和磁場が揺らいだ瞬間 − 1本の荷電粒子ビームが艦橋付近を貫いた。
「 《パラミデュース》 の通信が途絶しました!」
 《メムノーン》 通信長が振り返って叫ぶ。
「呼びかけを繰り返せ! 至急被害を確認せよ!」
 ホリタが指示する間にも、さらに 《パラミデュース》 に数本のビームが降り注いでいた。
「 《パラミデュース》 大破、応答ありません! 指揮不能の模様! 脱落します!」
「デュドネイ分艦隊の損害率は8割を超えつつあります!」
 旗艦を失ったデュドネイ分艦隊はすでに840隻から130隻にまで撃ち減らされ、突破されるのはもはや時間の問題であった。
 チャロウォンク分艦隊はなおも突出してきた敵機動部隊と激烈な交戦を続けている。 ンドイ分艦隊麾下の艦艇を援護に回すことも可能だが、ここは戦力の逐次投入を避けて可能な限りの大兵力で一気に押し返さねばならない……。
 ホリタの具申に対し、モートン提督からの通信が艦隊に伝達された。
「私の本隊が最右翼を支える! 他の各隊はホリタ副司令に従え!」
 モートン率いる第14艦隊本隊4000隻が右舷回頭し、強力なエネルギーの矢を放ちつつ帝国艦隊の前面に立ちふさがった。
「敵艦隊の侵入を許すな! 攻撃を集中して、敵が打ち込もうとしている楔の先端をくじけ!」
 モートンは 《アキレウス》 の指揮卓前に仁王立ちになり、麾下の艦隊を叱咤し続けた。
 19時45分。 モートンの猛反撃により、敵は分断を諦める。 だが敵は艦隊を薄く左右に広げ、第14艦隊の防御力を少しずつ削り取っていく戦法に出た。 モートンにとって、長い持久戦の始まりだった。


 戦端が開かれてから7時間。 すでに両軍の放ったエネルギーは、大都市の消費するそれをはるかに上回る量となっていた。 それでも絶対零度に近い宇宙空間にあっては、たちまち拡散し、消え去ってしまうに過ぎない。 だが、このエネルギーがランテマリオ星系の重力や磁場に微妙に影響され、単純には拡散せず恒星ランテマリオへと流れ込む強い流れを形成していた。 俗に 「宇宙潮流」 などと呼ばれる現象で、これに捕らわれると、出力の弱い宇宙船では恒星まで引き寄せられかねない。 自らの放ったエネルギーに押し流されていく両軍の艦艇の残骸は、まさに 「戦争」 そのものの愚かさを見せつけているかのようであった。
 宇宙潮流は両軍の間を弧を描きながら流れ、第14艦隊の右側へ回り込んで勢いを増し、ランテマリオへと達している。 その第14艦隊後衛に位置するンドイ分艦隊は、宇宙潮流の向こう側に索敵網をめぐらせていた。
「強行偵察艇より報告! 宇宙潮流の影響で精度は不十分ですが、帝国軍予備兵力が移動を開始している模様です!」
 ンドイ准将は戦況を表すデジタルスクリーンを見上げた。 現在、モートン提督率いる第14艦隊主力が右舷回頭して、もっとも右側の帝国艦隊と対峙している。 同盟軍を包囲している5個艦隊の他に最低2個艦隊が予備兵力として控えていることは確認されていたが、そのうち一方がさらに右へ回り込もうとしていることが見て取れた。
「宇宙潮流を渡ってこちらの後背を突こうというわけか!」
 ンドイ准将の急報に対し、総司令部よりンドイ分艦隊及び第15艦隊後衛のビューフォート分艦隊が敵艦隊突入に備える指示が下されたが、間もなく宇宙潮流に阻まれた敵艦隊が後退していくことが確認された。 恒星に近づくほど宇宙潮流の流れは強く、しかもセンサー類が悪影響を受けるためだ。
 四方で安堵の吐息がもれる中、ンドイ准将は顎に手を当ててメインスクリーンを見やった。
「さて、天は我々に味方した、ということになるのやら……」
 肉眼ではほとんど分からない宇宙潮流の向こう側に、恒星ランテマリオが輝いている。 雄大なる星々は人間の愚行など気にもとめないことだけは確かであろう、と准将は確信していた。


 23時45分。 戦線は膠着し、すでに圧倒的優位にある帝国軍も陣形再編のためいったん全軍を後退させ始めた。 どんな艦隊戦でも全将兵が不眠不休のままぶっ通しで戦い続けることはありえず、暗黙の了解があるかのように比較的砲火の静まる時間帯が訪れる。 この時、期せずして両軍で将兵が交替しながら休養と食事をとったが、同盟軍の幹部たちは簡易食をかきこみながら様々な雑務に追われていた。 そしてまた工作艦による艦艇の修理など、支援艦隊のもっとも忙しくなる時でもある。
 《チュンチャク》 のタチアナ・カドムスキー大佐はせわしく行き交う支援艦艇を見守りつつ、自軍の損失の多さに嘆息していた。 補給艦の物資はすでに残り少なく、病院船の収容能力は限界に近づきつつある。 現在の静けさが 「嵐の前の静けさ」 であることは誰もが承知していた。 静けさを破るのはいつ、どちらか、両軍の探索士がそれぞれ相手の動きに全神経を集中させていた。 この 「静けさ」 が少しでも長く続くことを望みながら。


 2月9日、9時。
 一旦後退していた帝国軍が、再び総攻撃を開始した。 対する同盟軍では、母艦機能を有する全艦は艦載機を発進させること、司令部直属の戦艦、空母はすべて前線に投入することが伝達された。
 第14艦隊でもンドイ准将の指揮で空母部隊が前衛へと繰り出した。 《ガルーダ》 をはじめ各空母から次々とスパルタニアンが発進していく。 代わりに、それまで第14艦隊の前衛で奮闘し続けていたチャロウォンク艦隊が再編のため後退してきた。
「各飛行隊、そのまま聞け!」 《ホウオウ》 から発ったドルジンツェ少佐の声がスパルタニアン各機に響いた。 「第1から第8飛行隊は敵艦隊前面まで突出、敵艦の前に出ておびき寄せ、僚艦のクロスファイヤー・ポイントまで誘い込む! 危険な策だが、僚艦との連携さえ図れれば必ず成功する! 必ず三機一体で行動せよ!
 残る飛行隊は、突出してくる敵艦の動力部のみを破壊し、致命傷を与えず漂流させて 『盾』 とする! 
 具体的データは各機の操縦システムに転送してある。 各飛行隊の健闘を祈る!」
 この時の同盟軍混成飛行隊の活躍は、かのミッターマイヤー上級大将をして 「巧妙だな」 と言わしめたほど洗練され、1時間足らずの間に数多くの帝国艦が撃破され、あるいは被弾して漂流するに至った。 これらは言うまでもなく最高幹部のみではなく、一機一機のパイロットによる巧みな操縦、艦艇のオペレータによる的確なタイミングでの砲撃、そして彼らの息のあった連携による戦果であった。
 10時45分、ミッターマイヤー艦隊後退。 同盟軍の劣勢は覆しようもなく、その落差は時間とともに広がっていたが、なおも同盟軍の抵抗は衰える気配を見せなかった。 同盟軍に決定的な一撃を与えるべく、帝国軍に新たな動きが現れたのは11時のことであった。


          

「戦艦メムノーン伝」 INDEX