8.
4月26日。
開戦より三日目、予期せぬ乱戦の只中、両軍は期せずして戦線の収拾をはかっていた。
敵の攻勢を誘わぬよう、また敵に隙があれば一撃を与える機会をうかがいつつ、無秩序に両軍の重なり合う宙域から、少しずつ部隊を引き抜いていく。
両軍の前線指揮官たちにとって困難きわまりない作業であったが、数時間後には両艦隊が数光秒の間をおいて対峙するまでに収拾されたことは、最高指揮官のみならず彼らの有能さをも示したものであっただろう。
もっとも、無秩序に突出したりする無謀な指揮官は緒戦で戦死するか、すでに後方へ追いやられていたという面もあったの知れないが……。
翌27日、再編を済ませた同盟軍は、円錐陣形を組み、一転して速攻へと転じた。
「敵陣の中央に砲火を集中せよ!」
この時最前衛にいたのはラルフ・カールセン提督麾下の戦艦部隊だった。
《ディオメデス》 の主砲が吼え、帝国軍の防御陣を切り裂いていく。
円錐陣形から一斉に放たれる砲火が広範囲の敵を突き崩し、敵陣中央に大きな空洞を現出せしめた。
「突進!」
帝国艦が空洞をふさぐ前に 《ディオメデス》
率いる艦隊が空洞に躍り込み、帝国軍の中央に楔を打ち込んだ。
続く部隊の猛攻が空洞を押し広げ、間もなく敵陣を左右に引きちぎった。
「完全に突破しました。突破です!」
歓声が上がる中、旗艦のヤンと幕僚たちは不審気に顔を見合わせていた。
「薄すぎる……すぐに次の敵が来るぞ!」
ヤンの予測はほどなくして的中した。
最前衛にいたカールセン艦隊はいったん下がり、支援艦隊を
《チュンチャク》 に任せたマリノ准将を最前衛とし、アッテンボロー少将が後ろから支える布陣で、第二陣へと切り込んでいく。
「このまま敵陣に踊り込み、ゼロ距離射撃で敵を仕留めろ!」
《ムフウエセ》 のビームが敵艦を屠り、その隙間を特徴的な艦首でこじ開けるように分け入っていく。
「敵陣突破!」 マリノ准将は幕僚たちとうなずきあったが、数時間後には表情を曇らせることとなる。
「前方にまた別の敵! 左右に展開しつつあります!」
「ちっ! いったい何重の防御陣をしいてるんだ! 大昔のペチコートじゃあるまいし」
その時ついた悪態がマリノ准将のもっとも有名な言葉として後世に伝えられると分かっていれば、彼ももう少し違った悪態をついていたかも知れない……。
「間もなくさらに次の敵陣を迎え撃つことになるだろう……」
帝国軍を第3陣まで突破した後、ヤン・ウェンリーは幕僚たちを前に物憂げに次の作戦を伝えていた。
「ローエングラム公が何段の防御陣を敷いているかは分からないが、一つあたりの防御陣の薄さから考えて、多数の防御陣を間断なくあてることにより、我々の防御力を少しずつ削り取っていく意図なのは間違いない。
全艦隊のうち機動部隊を、戦艦群を中心に数部隊に再編する。
そのうち1つは円錐陣の先端部へ、残りは円錐の外縁を固める。
防御力の劣る空母部隊と支援艦隊は円錐の中心へ。
本隊は先端部のすぐ後ろに位置する」
同じ円錐陣でも、当初の短期決戦を目指した速攻型の陣形から、持久戦を意図した陣形への組み換えであった。
機動部隊を複数配置し、敵陣突破時に先端部で損害を受けた部隊は、円錐陣中央部に位置する支援艦隊の整備を受け、円錐外縁部へ回る。
その代わり別の機動部隊が先端部を務め、敵陣を突破すればまた交代する……。
円錐陣の中で機動部隊のローテーションを組んだ点は、期せずしてラインハルトの構築した多段迎撃陣の縮小版と言えるものであった。
帝国軍第4陣が出現した時、円錐陣の先端部にはモートン中将とチャロウォンク少将が陣取っていた。
《アキレウス》 の砲火に続き、麾下のミサイル艦が放つ無数のミサイルによって爆発光の壁が現出する。
壁が消える間もなく 《アンドラーシュ》 率いる高速戦艦が躍り込み、四方へビームを乱射しつつ突破していく。
敵陣を完全突破して後、モートン・チャロウォンク艦隊は後退し、続いてアッテンボロー少将とザーニアル准将の機動部隊が先頭となって、第5陣を迎え撃った。
第6陣に対しては、第1陣突破で奮闘したカールセン中将とビューフォート准将。
そして第7陣には、ウィジャラトニ少将とマリノ准将が先陣にあたった。
この時点ですべての戦艦部隊は1回から2回、最前線で敵陣をうち破ってきたことになる。
まだまだ戦意は高いものの、1回ごとに削り取られていく陣容を埋めるだけの余裕はなく、指揮官たちは確実に訪れる次の戦闘の準備に忙殺されていた。
4月29日、すでに第8陣まで敵陣を突破した同盟軍には、さすがに不安が漂い始めていた。
「まるでパイの皮を剥くようだ」 というメルカッツ客員提督の言葉が残されているが、どこまで剥き続ければ良いのか分からないという不安感はいずれ無視できぬものになることは、容易に想像された。
第9陣は再びモートン中将とチャロウォンク少将の部隊が先端部に位置したが、敵陣よりおびただしいワルキューレが発進したことが確認され、同盟軍からも空戦隊が飛び立った。
だが両軍の空戦隊による混戦は、それまでの速攻による敵陣突破を困難とし、ヤン艦隊はこれまで以上にてこずることとなる。
やがて円錐陣形の中心付近にいる支援艦隊にも、同盟軍苦戦の報が伝えられた。
「空戦隊の損害が予想以上に大きかったようだ」
「全空戦隊を指揮していた一人、コーネフ少佐も戦死したらしいぞ」
「本当か!?」
「このままでは消耗戦だ。今回は切り返せても、もう一度敵の艦載機が発進してきたら対抗しきれない……」
そんなささやきを耳にしたタチアナ・カドムスキー大佐は、はっとして叫んだ。
「《ケツァール》 の部隊は? 無事帰艦したか!?」
「《ケツァール》 空戦隊は……」 そこでオペレータは言葉を切り、青ざめた顔で振り返った。
「 《ケツァール》 空戦隊は……ほぼ……全滅の模様です」
タチアナは声にならないうめき声をあげ、シートに腰を落とした。
間もなく第9陣突破の報告が届いても、艦隊に歓声はほとんど上がらなかった。