3.「解放軍」
激しい時空震が空間を振るわせ、巨大な艦体が通常空間にワープアウトしてきた。
1000万トン級輸送艦《メガプテラV》。全長
2500メートルの巨艦で、生じる時空震も強烈だ。
先にワープアウトしていた《メムノーン》は、麾下の戦艦と共に《メガプテラV》に速度を同調し、惑星リューゲンへのコースを取った。
衛星軌道上で哨戒中の戦艦《アンティオペ》から通信が入る。
「 ご苦労様です、ホリタ司令」
通信スクリーンにダスティ・アッテンボロー准将が現れる。今はしゃちほこばって敬礼しているが、実は若者らしい口達者な姿を、これまでにホリタもよく見ている。二十代ですでに一つしか階級が違わない青年に、ホリタはまぶしいものを感じていた。
通信を終えてから、ホリタは誰にともなくつぶやいた。
「 イゼルローンも度重なる補給でほとんど空だそうだ。困ったものだ……」
「 我々としても、輸送船団の護衛をするためだけに来たわけではありませんのに……」
「 おいおい、エルナンデス少佐。輸送という任務を侮ってはいかんぞ。古来、飢えた軍隊が勝利した例はないからな」
「 は、申し訳ありません」
もっともそのセリフは先日ウランフ提督が言ったものであり、さらにウランフ提督はヤン・ウェンリーから聞いた言葉だ、と付け加えていた。
帝国領へ進攻を開始してから一ヶ月。同盟軍は第10艦隊を先頭に、すでに
500光年も帝国領に侵入していた。だがその間ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、その中にあった有人惑星は諸手をあげて「解放軍」を迎えたのである。ただし、彼らが望んだのは「飢え」からの解放であった。
帝国軍は、侵攻ルートにあたる有人惑星から食料を供出させ、全軍を引き上げていた。飢えた領民を後に残したままで。同盟軍が「帝国の圧政からの解放軍」を掲げる以上、彼らを救わざるを得ない。それを見越した帝国軍の「焦土作戦」だったのだ。
「 古来より、人はパンのみにて生きる者にあらず。しかれども、パン無しで生きることもまた能わず……」つぶやいてからホリタは苦笑した。こいつは、例のヤン・ウェンリーの影響かも知れない。
帝国領はまだまだこの先、何千光年も広がっている。そこにはどれだけの有人惑星があるのか? さらに多くの人々を養う羽目になったら、いったいどんなことになるのか……!?
「 ご苦労だった、ホリタ少将。まあ掛けてくれたまえ」
第10艦隊旗艦《盤古》の司令官室に、ホリタは招き入れられていた。《メガプテラV》が無事に第10艦隊と邂逅し、その報告に《盤古》を訪れていたのだ。本来は通信だけでも良かったのだが、ウランフと幼なじみというよしみもあるし、それを頼みに提案したいこともあった。
「 ワインの一杯でも共にしたいところだが、なにしろアルコール類は真っ先に主食に再合成させてしまったからな」
とはいっても、ウランフもホリタも、それほど酒に対して執着する方ではない。
通常の合成飲料を手に、二人はソファに腰を下ろした。
「 惑星改造?」
ホリタの言葉に、ウランフは意外そうに顔を上げた。
「 ええ、そうです……」そこでホリタは、学術参謀が提出した報告書を取り出した。
「 第4惑星リューゲンの内側を巡る第3惑星は、比較的居住に適した条件を備えており、もしや帝国軍の施設などがあるのではないか、と調査してまいりました。その結果、そういうものはなかった代わりに、面白いものを発見したのは、前回ご報告したとおりです」
「 その、惑星改造の跡だな……」ウランフは顎に手をあて、考える仕草をした。
「 ええ。しかもそれは、どうやら銀河連邦時代、リューゲン改造後にこちらも改造しようとして、途中放棄されたもののようです」
「 帝国はやろうとしなかったのか」
「 これは推測ですが……帝国の人間にとっては、居住惑星ですら皇帝から与えられるもの。自ら進んで造り出そうという意識は生じないのではないでしょうか。直接的支配者たる辺境伯にしても、皇帝から命じられない限り、わざわざ資金を投じてまで改造しようとは思わないのでは……」
「 なるほど。おそらくそうだろう。……で、それを我々が引き継ぐのか?」
「 惑星リューゲンはこの宙域では比較的人口の多い惑星であり、人口と食料生産のバランスが十分ではありません。そのことが、現在の我が艦隊にも多大の負担をかける一因になっています。
今すぐの解決ではありません。おそらく実を結ぶのは次の世代になるでしょう。しかし、今我々が第3惑星の改造に先鞭を付け、未来の居住地や耕作地を生み出すきっかけを作れば……我々は本当の意味で『解放軍』たりえるのではないでしょうか」
「 ふむ……」ウランフはしばし目を閉じて瞑目した。「実に面白い。技術的には可能なのか?」
「 なにしろ私たち辺境星域分艦隊には、こういう任務もありますので。ただそれにはやはり、それなりの物資や資材を要するのが問題です」
「 だろうな……きみの要望は可能な限り伝えるが、補給物資は目先の食料を最優先せざるを得ない。あまり期待しないでくれ」
「 もちろん承知しております。ありがとうございます」
「 ホリタ少将……」
去りかけるホリタを、ウランフが静かな声で呼び止めた。
「 はっ……」
振り返ると、ウランフはソファに座り、目を閉じている。
だいぶ疲労がたまっておいでのようだ……。
「 ホリタ少将、今我々は、占領地の人々をいかに食べさせるかに腐心している。だが、この状況はいつまでも続くわけではない。さらに何百光年も帝国領内へ進攻していくことはありえないだろう。補給が持たないと言うだけでなく、敵はいつかは反撃してくる。あるいはそれまでに、撤退せざるを得なくなるかもしれん。それは、そんなに遠い未来のことではないだろう……」
ホリタはしばし迷った末に、口を開いた。
「 つまり、あまり肩入れしすぎるな、と……」
ウランフは眼を開け、ホリタの方を見やった。
「 いやいや、そういう意味ではない。
現在の状況では、我が軍が恒久的にここを占領することはあり得ない。だとすれば、いったい我々は何のためにここまで来たのだろうか、と思ってね。どうせならこの地に、戦いの傷跡ではなく、なにかこう、もっと建設的なものを残していければ……そう思ったのだよ。ホリタ少将、期待している」
− いったい我々は何のためにここまで来たのだろうか……
「 選挙が近いためではないかな」− 毒舌家でならすビュコック提督は、こう言って無責任な出兵案を批判したという。
《メムノーン》にもどるシャトルの中で、ホリタはウランフの言葉を何度も反芻していた。