4.惑星改造

 数機のジェットヘリが超低空を通過し、微粒子を散布していった。
「 こんなもんで、ええのかねー?」
 レシーバーから響くのは、空母《ガルーダ》のアハメッド・シュンタバ大尉の声である。
「 しかしまさか、帝国領で種蒔きするとは思わなかったなー」
「 いいんじゃない?」応じる女性の声は、パク・ミンファ中尉である。「あたしは辺境警備にいた頃、よく惑星改造もやったわよ。でもさすがに空母は使わなかったけど」
 地表を粉砕して各種成分を添加した人工土壌に、遺伝子操作によって驚異的な環境改変能を付与された各種微生物と、ある一定の環境になれば発育を開始する植物がミックスされたカプセルを散布していく。
 衛星軌道上に遊弋する空母《ガルーダ》へ帰投する途中、極地へ向かう数隻の工作艦が認められた。吸熱物質を散布して極地の温度を上げ、惑星大気の気圧を上昇させる作業を繰り返しているのだ。気象制御システムもすでに作動しているはずだ。
「 しかし……惑星一個をすべて改造するのは、片手間でできることじゃないぜ。時間も資材も、まったく足りないってのに……」
「 私たちで惑星改造を完成させようってわけじゃないわ。そのきっかけをつくる……文字通りの種蒔きってわけね。帝国領に、民主主義のささやかな種を残していけるかも……」
「 ふん、ロマンチストだね。俺たち自身の食料もあと一週間を残すのみだって噂だぜ」


 戦艦《メムノーン》を中心に 500隻が第3惑星の改造にかかっている間に、第10艦隊旗艦《盤古》には重大な報告がもたらされていた。
「 本国からイゼルローンを経て前線に向かっていた 1000万トン級輸送艦 500隻が敵襲にあい、護衛艦26隻ともども全滅したそうです」
「 たった26隻!? バカか、イゼルローンの奴らは!」
「 いや、それより補給が途絶えたら、もう……!」
 そして間もなくイゼルローンから各艦隊へ、例のアンドリュー・フォーク准将が食料の「現地調達」を伝達するに及び、幕僚たちの怒りと混乱は頂点に達した。
 幕僚たちの騒ぎをよそに、ウランフは腕を組んで瞑目していたが、やがて目を見開いた。
「 ヤン・ウェンリーの言ったとおり、もはや撤退しかあるまい。ビュコック提督に連絡を取ってくれ」
 その後のビュコックとウランフの会話を一言も漏らさず聞いた者はいない。よって、通信が終わった直後、ウランフが握り拳を叩きつけた原因を知る者はいなかった。総司令官ロボス元帥が何をしていたか……こんなことが、この非常時に部下に言えようか!?
 ウランフは星系内の配置図を見やった。
「 明日10日、撤退を開始する。現在、第3惑星はリューゲンとは反対側にある。よって、ホリタ少将の艦隊は撤退準備の整い次第、独自のコースで星系を離脱、第一集合宙域にて本艦隊と合流するよう伝達せよ」
 この時、公転の関係で第10艦隊本隊が駐留する第4惑星リューゲンと、ホリタらが改造中の第3惑星は、恒星を挟んで反対側に位置していた。
 ワープ航法は大質量に影響されるため、質量源である恒星を飛び越えて星系の反対側へいくことは難しい。よって、両艦隊は個別のルートで星系を離れることとしたのだ。このことが一つの不幸へつながるのだが、それを予知できる者はいない −。


 撤退命令を受け取ったホリタは、しばしの感慨と共に、まだ何も手が着けられていないも同然の第3惑星を見おろした。
 それでも、いくつかの開発プログラムは残して行くつもりだ。
「 さて、いつの日かこの土地にも緑が生い茂りますかな」
 空母《ガルーダ》艦長のンドイ大佐が言った。黒人系の大柄な壮漢だが、辺境警備が長い、穏和な人物である。
「 そうだね。もう少し時間あれば、自立発生プログラムを組んで自然に生態系が確立できるようにできたのだが……残念だが仕方ないな」
 ンドイ大佐秘蔵という最後の天然コーヒーの香りを味わいながら、ホリタはつぶやくように言った。
「 この惑星には、それを自力で生み出す力がありますよ。人類は惑星改造なんて偉そうに言ってますが、もともと素質のある惑星が、自分で生態系を組み上げる手伝いをしてやってるのに過ぎんのです。その証拠に、まったく異質の惑星は改造できんでしょう? きっとここは、いい惑星になりますよ」
 コーヒーカップを戻すとき、机に新しいホログラムカードがあるのを見つけた。
「 ご家族の写真?」ホリタが何気なく尋ねると、ンドイ大佐は嬉しそうに頷いてスイッチを入れた。
 肌の白い、金髪の少女が浮かび上がる。娘の − ただし、血のつながっていない − 立体写真。彼女の父親は、昨年の第3次ティアマト会戦で戦死した。そのため「軍人子女福祉戦時特例法」、いわゆるトラバース法により、ンドイ大佐の養女となったのだ。
「 女の子は育てたことがなかったんですが、やっと最近なついてくれましてね」
 − 大佐の本当の息子は、4年前の第5次イゼルローン攻防戦で戦死した……。
 トラバース法では一定額の養育費が政府から貸与され、子供が軍人に志願すれば、養育費の返還が免除される。要するに、金銭で将来を縛ろうというわけだ。
 しかしそれはおいても、戦争孤児を軍人の家庭で育てるというのは、考えてみれば酷な話だ。養父が軍人である限り、戦死の危険がつきまとう。もしそうなれば、一生のうちに二回も同じ悲劇に遭う可能性が高いではないか。
 ホリタは頭の中で、トラバース法で孤児を引き取っている知人を数え上げた。その多くが、今この前線にいる。願わくば、彼らの一人も欠けることなく故郷に帰れることを……。
 翌10日、標準時13時。500隻の艦艇は《メムノーン》を先頭に、星系外縁のワープイン宙域へ向けて加速を開始した。


− 新帝国暦125年。フェザーン航路局の航路データに、メムノーンという名の有人惑星が新たに追加され、帝国の中にあって新たな道を歩み始めることとなる。 − が、これはまた別の物語である。


          

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