5.反攻
宇宙暦796年10月10日、16時7分。
ウランフ提督の率いる第10艦隊は、艦体を黒色に塗装した帝国軍艦隊と激烈な戦闘に突入した。同盟軍にとっては悪名高い《黒色槍騎兵》艦隊である。
ほぼ時を同じくして、帝国領に進攻した8個艦隊の全てが、それぞれ帝国軍艦隊と衝突していた。
この時、ホリタ少将率いる500隻の艦隊は、パルスワープ航法で星系を離れた直後であった。最初のワープから通常空間に復帰したとき、第10艦隊から第13艦隊への敵襲の報をキャッチしたのである。むろんワープとワープの間でも亜光速航行中のため、通常通信はまったく使えない。しかし超光速通信は、ひどく歪みながらもかろうじてキャッチされたのである。
「 ウランフ提督は……まだリューゲンにおられるのか!? まだ撤退なさっていなかったのか!?」
動揺したホリタは次のワープインの中止を命じた。
「 どうします!? もう一度リューゲンへ戻りますか!?」
「 我々だけ先に逃げるわけにも行くまい」
「 しかしここからだと……再計算に1時間、再加速に3時間、ワープが最低2回は必要に……」
「 わかった、わかったから早くかかれ!」
ホリタ艦隊が反転する間に、第10艦隊と《黒色槍騎兵》艦隊との戦闘は熾烈を極めていた。
初戦で第10艦隊の前衛をくじいた《黒色槍騎兵》艦隊は、左翼を急速に延ばして第10艦隊の側面を突こうとする。
対して、ウランフ提督はアッテンボロー准将の戦艦《アンティオペ》を中心とする機動部隊を突出させ、これを防いだ。
だが、悪名高い《黒色槍騎兵》艦隊の破壊力は凄まじく、その前に立ちふさがった部隊も、奮戦虚しく蹴散らされていく。
「 アッテンボロー准将! 一時後退せよ、撃ち減らされるな!」
《アンティオペ》が後退した隙間は、たちまち黒く塗装した戦艦によって埋められた。しかしそれでも、アッテンボローは敵艦隊の側面に集中砲火を浴びせ、したたかな打撃を与えたのである。だが、《黒色槍騎兵》艦隊左翼はついに第10艦隊の背後へと回り込むことに成功した。
双方の被害は絶対数において同程度であったが、数に勝り、士気の盛んな《黒色槍騎兵》艦隊は第10艦隊を完全な包囲下に置いた。密集体型をとる第10艦隊に対し、無数のビーム、ミサイルが降り注ぐ。こうなると、損傷率は第10艦隊のみが一方的に上昇しつつあった。
数時間後。
第10艦隊は艦艇の3割以上を失い、残った艦も半数は戦闘不能に陥りつつあった。
ついに、ウランフ提督は敵包囲陣を突破する決断を下した。
「 損傷した艦艇を内側にして、紡錘陣形を取れ! 敵の包囲網の一角を、突き崩すんだ!」
敵からの砲火を浴びながら、必死で各艦が陣形を整えていく。すでに《盤古》をはじめほとんどの艦艇が、数ヶ所以上被弾していた。
「 砲火を集中しろ! 撃って撃って撃ちまくれえ!」
「 ひるむな、敵は最後のあがきだ」
《黒色槍騎兵》艦隊の司令官がそう言った瞬間
− 彼らの探知網に、時空震が感知された。
包囲下の第10艦隊には、敵艦隊の背後に起こった異変を知る術はない。《アンティオペ》ら前衛部隊の主砲が包囲陣の一角に叩き込まれていった。黒い戦艦が次々と被弾し、脱落していく。
「 今だ!」
第10艦隊は敵包囲陣の一角へ猛然と突入していった。《アンティオペ》が艦首主砲を前面の敵戦艦に叩き込み、続いてミサイルを撃ちまくる。
その爆発をかいくぐり、最初に血路を開いたのが《カサンドラ》だった。
「 戦艦《カサンドラ》確認、《アンティオペ》続きます……!」
《メムノーン》艦橋でオペレータが叫ぶ。
「《盤古》は? ウランフ提督はご無事か!?」
「《盤古》は未だ包囲網内に踏みとどまり、脱出を援護している模様!」
「 全速前進、包囲網を外側から突き崩せ!」
《メムノーン》を先頭に、500隻が突入しようとするその時
− 通信士が悲鳴に近い叫びを上げた、
「 司令! 《盤古》が……戦艦《イシス》が、《盤古》撃沈を確認……!」
「 何だと……!」
絶句し、とまどううちに敵艦隊の一部が回頭し、新たに出現した少数の敵に対して逆撃態勢をとりつつあった。
アッテンボロー准将が非凡な才能を発揮し、絶妙のタイミングで一気に離脱する。ホリタは包囲網突破に成功した僚軍を大至急まとめ上げ、一刻も早く敵を振り切らなければならなかった。
だがその間にも、食い下がる敵艦隊によって、さらにおびただしい犠牲を強いられたのである。
パルスワープ航法でイゼルローンへ向かう途中、切れ切れに入ってくる通信によれば、同盟軍各艦隊はどれも惨憺たる有様だった。
ホリタは一人指揮卓に座り込み、じっと動かなかった。
− あと一時間早く戻っていれば……そうすれば、ウランフ提督をお救いできたのだ。否、そもそも惑星改造など言いださなければ、ウランフ提督のお側を離れずに済んだのだ…。
だがその場合、結局一緒に包囲され、何のお役にも立てなかっただろう、とも思う。
通信士が一通の通信文を持って駆け上がってきた。
それは撤退命令ではなく、アムリッツァ星系への集結命令だった。すでに作戦の失敗は決している。それでもお偉方は、なお戦わせるつもりらしい。
同盟艦隊は傷つき、疲れ果てた姿でアムリッツァ星系に集まり始めていた。多くの艦が戦闘や航行にすら支障をきたしていたため、イゼルローンへ戻ることとなった。《メムノーン》も被弾しているが、なお踏みとどまっている。
− もしも生きて帰ったら……辞表を提出しよう……。
恒星アムリッツァの不吉な色を見ながら、ホリタは心の中でそう繰り返していた。