6.アムリッツァ(前編)

 アムリッツァに集合した提督の顔ぶれを見たとき、誰もが身の毛のよだつ思いを覚えていた。
 2ヶ月前、ハイネセンポリスには8人の主力艦隊提督が顔を揃えていた。今ここにいるのは、わずか3人なのである!
 第5艦隊のビュコック提督。第8艦隊のアップルトン提督。そして第13艦隊のヤン提督。それだけだった。
 第3艦隊は旗艦《ク・ホリン》を失い、合流し得た艦艇数は元の三割。
 第7艦隊は旗艦《ケツアルコアトル》はじめ本隊の通信が途絶し、第4辺境星域分艦隊から編入されていた《ペンテシレイア》率いるわずか1割が、かろうじて合流したのみ。
 第9艦隊は旗艦《パラミデュース》が大破、アル・サレム提督も負傷し、ライオネル・モートン少将が指揮をとっての合流であった。
 第10艦隊は旗艦《盤古》をはじめ麾下の半数以上を失い、残った艦の半数も戦闘不可能の状態だった。
 そして第12艦隊は完全に通信途絶、1隻も戻っては来なかった。
「 ウランフもボロディンも帰ってこなんだでな……」 ビュコック提督がヤン提督に向けて言った言葉を聞いたとき、ホリタは胸に鈍い痛みを覚えた。
 ホリタらに対して、ビュコックもヤンも何一つとがめようとはしなかった。むしろ、残った第10艦隊をまとめてここまで来たことに対し、ねぎらいの言葉さえかけてくれた。そのことがかえって、ホリタに忸怩たる思いをさせていた。
 さらにショックだったのは、副官のベティ・イーランド中尉が引きこもってしまった理由が、すぐには分からなかったことだ。彼女は第12艦隊にフィアンセがいたのである。
 − これまではプライバシーには関わらないようにしていたが、どうやら自分は上官としても失格らしい……。もしも生きて帰ったら……辞表を提出しよう……。
 第13艦隊旗艦《ヒューペリオン》から通信が入る。
「 ホリタ少将、第10艦隊の艦艇は私の指揮下に入っていただくことになりました」
 ヤン中将は年上に対してあくまでも丁寧だった。
 エル・ファシルの英雄。アスターテの英雄。そして、イゼルローンを陥落させた「ミラクル・ヤン」。ホリタは、そのヤン提督と直接言葉を交わすのは初めてだったことに、後から気付いた。


 各艦の警報が鳴り響き、敵接近の報を告げた。
 第10艦隊の残存艦艇はホリタとアッテンボローとで協力して管制し、無意識のうちにも攻めのアッテンボロー、守りのホリタといった分担ができつつあった。
 彼らの属する第13艦隊めがけて、帝国の一個艦隊が前進してくる。この時第13艦隊は、恒星アムリッツァにもっとも近い宙域に布陣していた。
 旗艦《ヒューペリオン》が恒星表面へ向けて核融合弾を投下した。激しく生じるプロミネンス。それによるセンサー類の混乱に乗じて、第13艦隊は猛然と敵に襲いかかった。味方とてセンサー類は混乱したが、第13艦隊のフィッシャー副司令が組み上げた緻密なスケジュールによる、計算され尽くした攻撃であった。
 側面からの痛烈な打撃に、帝国艦隊が一時後退する。
「 深追いはするな、敵は反撃して来るぞ 」ヤンの命令が各艦に届く。
 その後の「 それにしてもローエングラム伯の元にはどれだけの人材がいるのか…味方にもウランフやボロディンがいれば…… 」というヤンのつぶやきは、もちろん通信には乗っていない。
 敵艦隊が一時後退した後に、別方向から新たな敵が出現した。
 黒色に塗装した艦隊。第10艦隊の残存部隊では、先日も交戦した敵の出現に、恐れと憎しみの声が沸き上がっていた。
 すでに経験済みの、強力な砲火が襲いかかってくる。
「 装甲の厚い戦艦を並べて防御壁を築き、その隙間から小型艦の主砲で砲撃しろ 」
 小型艦に比べて防御力に勝る《メムノーン》も、その巨体を盾にして敵艦隊を迎え撃った。敵砲火が集中し、エネルギー中和磁場が悲鳴を上げるも、《メムノーン》はよく持ちこたえた。
 両艦隊は正面衝突を避け、互いにすれ違っていった。すれ違いながら、側面砲塔どうしの激烈な応酬が続く。
 《メムノーン》のミサイルが黒い戦艦を引き裂き、ちぎれ飛んだ艦首が、今まさに《メムノーン》を狙い撃とうとした別の戦艦に衝突した。崩壊した敵の艦体はそのまま慣性で《メムノーン》に迫り、動力炉部分は核爆弾と化した。至近で生じた大爆発のため、艦橋は一時機能麻痺に陥った。
 部分的に乱戦を伴いながらも、第13艦隊は敵をかわしきった。
 第13艦隊にかわされた《黒色槍騎兵》艦隊の前方 − そこにいたのは、第8艦隊であった。
 第8艦隊の前衛で奮戦していた戦艦《ユリシーズ》は真っ先に砲火を浴び、いくつかの兵装の他に廃水処理システムを破壊された。これによって《ユリシーズ》は「トイレを壊された戦艦」との逸話を残すことになるが、この時点では誰も、それどころではなかった。未来を確実に約束されている者は一人もいない。
 第8艦隊旗艦《クリシュナ》の艦首が咆吼する。《クリシュナ》はアキレウス級の中でも特に火力に重点を置いており、60門に及ぶ艦首主砲は《黒色槍騎兵》艦隊の前衛を徹底的に叩きのめした。しかし、いかに《クリシュナ》といえども、数に勝る敵をすべてくい止めることはできない。
 《クリシュナ》に集中する帝国軍の砲火は、ますます激しくなっていった。


 至近の爆発による一時的な機能麻痺から立ち直った《メムノーン》の背後では、今まさに第8艦隊が黒色の艦隊に蹂躙されようとしていた。
「 このままでは……第8艦隊は支え切れません!」
「 分かってる! しかし……」
 ヤン提督はどう判断するか……!?
 通信スクリーン上で、アッテンボローがヤン提督に進言している。が、ヤン提督は首を横に振っていた。
 第13艦隊は現在、前方のさらに別の敵艦隊と牽制し合っている。そこから一部でも分離すれば、前面の敵の攻勢を誘うことは間違いなかった。
 ただこの時、ヤン提督は後衛のアッテンボロー、ホリタらに短距離戦の準備を指示していた。
 第8艦隊はすでに《黒色槍騎兵》艦隊と著しい乱戦にあり、そのただ中にいた《クリシュナ》が降下し始めた。
「《クリシュナ》墜落します! 恒星アムリッツァへ……!」
「 乗員は退艦したか? アップルトン提督はご無事か!?」
 アップルトン提督が自ら退艦しなかったと確認されたのは、その5分後であった。
 ホリタはふるえる拳を、指揮卓に打ちつけた。
 なぜ……なぜ、退艦しないのだ! 死んで何が変わるというのだ! 生き延びて、生き延びてこそ責任を全うできるのではないのか!!


 第13艦隊旗艦《ヒューペリオン》。
 ヤンは無言で、第13艦隊の前に立ちふさがる敵艦隊と、第8艦隊を蹂躙する敵との両方を見つめていた。
 前方の敵は再編のため、一時後退しつつある。− つけ入る隙はないか?
 その隙が今、生じた。背後の敵艦隊に。


          

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