7.アムリッツァ(中編)

「 今だ、全砲門、背後の宙域で回頭する黒い艦隊を撃て!」
 この瞬間、第13艦隊の後衛には、第10艦隊残存部隊がいた。彼らはヤン提督の指示で、短距離戦の準備をして待ちかまえていた。彼らはそれまで、ウランフ提督を倒したのと同じ黒い艦隊が、目の前で第8艦隊を浸食するのを座視するしかなかったのだ。
 そこへ飛んだ攻撃命令である。
 ほとんど条件反射的に、《メムノーン》の艦首主砲から閃光がほとばしった。復讐の剣と化したエネルギーの矢が、敵艦隊へと降り注ぐ。対応の遅れた《黒色槍騎兵》艦隊は側面を貫かれ、爆発する光球と化し、アムリッツァ表面へ消えていった。
 必死で逃れようとする《黒色槍騎兵》艦隊に、第10艦隊の艦艇はなおも追いすがって砲火を浴びせかけた。ここ数日の憎しみを全て叩きつける猛攻だった。
 後衛だった彼らが突出し、第13艦隊の陣形が乱れ始めていた。
「 深追いはするな!」ヤンからの命令が飛んだ。「他の敵艦隊から逆撃されるぞ!」
 アッテンボローとホリタの苦心で、突出しかけた艦列はかろうじて踏みとどまった。
 彼らが退いた後を、別の部隊が追いすがっていく。かろうじて生き残った第8艦隊の艦艇が、熱狂的なまでに報復の矢を放ち続けていた。
 《メムノーン》と同じアキレウス級の《ペンテシレイア》が先頭を切って突進する。《ペンテシレイア》は第4辺境星域分艦隊から第7艦隊に編入されたが、その第7艦隊は9割が戻らなかった。そして新たに編入された第8艦隊までも、敵に蹂躙されたのである。《ペンテシレイア》主砲から放たれるエネルギーは、黒色の戦艦を背後から次々と貫いていった。
 突如、真横から無数の矢が《ペンテシレイア》に突き刺さった。巨体が身震いし、ついで数ヶ所がはじけ飛ぶ。装甲がはがれ、白い緩衝材が引き裂かれ、その奥の内容物さえ吐き出していた。構造材、区画ブロック、そして乗組員の身体……。
 あと一歩で《黒色槍騎兵》艦隊を殲滅するかに見えた《ペンテシレイア》率いる艦隊は、別の帝国艦隊に側面を突かれ、一瞬にしてその大半を失っていた。《ペンテシレイア》の巨体はわずかの間持ちこたえたが、ほんの少し運命を先に延ばしただけのことであった。
 《ペンテシレイア》撃沈の報は、ホリタにも鈍いショックを与えていた。
 これで、眼前で3隻ものアキレウス級が逝ってしまった! それぞれ千名以上の乗員と共に!
 第13艦隊の急進によって帝国軍が一時後退し、第8艦隊は宇宙より完全に消え去ることを免れた。
 戦艦《ユリシーズ》は敵の猛攻が止んだ際、《ペンテシレイア》の狂奔に追随することなく、被弾箇所の応急修理を優先したため生き残った。しかし、未だに廃水処理システムの修復は完了していない。


 《黒色槍騎兵》艦隊を撃退し、同盟軍は第5艦隊と第13艦隊を中心に、かろうじて再集結を果たした。ビュコックとヤンの連携によって同盟軍は「負けない」戦いに徹し、最前線では戦線が膠着し始めていた。アッテンボローの見事な艦隊運動が敵をさんざん翻弄し、モートン少将の第9艦隊残存部隊も、局地的には帝国軍を圧倒していた。
 新たな帝国艦隊の突出により、第13艦隊の左翼でも著しい混戦状態が現出している。
「 スパルタニアン、発進命令です!」
 司令部からの命令が伝達される。
 空母《ガルーダ》のスパルタニアンもまた、発進と同時に乱戦のただ中に入り込んでいた。
 パク・ミンファ中尉はドッグファイトの末に1機撃墜の戦果を挙げたが、程なくさらに1機のワルキューレが挑みかかってきた。そこへ、もう1機のスパルタニアンが襲いかかる。
「 パク中尉、無事か! こいつはまかせろ!」
 《ガルーダ》の撃墜王、アハメッド・シュンタバ大尉の声だ。
 シュンタバ大尉の機が、ついに捕捉していたワルキューレを撃墜する。そこへ別の敵機が攻撃を仕掛けるが、撃墜王は華麗にかわしていた。
 ふと、すぐ近くに敵機の姿がないことにパク中尉は気付いた。そして、眼前に帝国軍巡航艦の艦首。
 − 誘い込まれた!
 その瞬間、あたりが直視し得ぬ閃光に包まれた。
 やられた! パク中尉は死を覚悟したが、同時にそういう時間があることをいぶかしんだ。艦砲でやられた場合、そんな暇もなく消滅するはずだが……。
 目を開けた瞬間、巡航艦の外壁がすぐそばに迫っていた。慌てて操縦桿を引き、船殻に沿って急上昇する。対空砲火で尾部を損傷しながらも、かろうじて射程外へ逃れる。
 その時点になって、やっと気付いた。先ほどの艦砲でやられたのは、シュンタバ大尉だったということを。
 自分でも訳の分からぬ叫びを上げながら、パク中尉は手近のワルキューレへと襲いかかった。
 乱戦のうちに、パク中尉は2機の敵機に挟まれていた。かろうじて1機を撃墜したが、その時にはもう1機が彼女の背後に迫っていた。
 反射的に機を横へスライドさせるが、ワルキューレの回転自在な砲塔部もくるりと回転し、ぴたりと照準を合わせてくる。
 − 駄目だ!
 突如、そのワルキューレがビームに貫かれて四散した。
 敵機を屠ったスパルタニアンが、彼女の背後を通過していく。その機はもう次の敵に照準を合わせていた。
 第13艦隊旗艦《ヒューペリオン》搭載の機だ。こういう場合には必ず何か言い残していくことで有名な、オリビエ・ポプラン中尉の機ではない。
 イワン・コーネフという名をパク中尉が知るのは、もう少し後のことである。
 なおこの時、ポプラン中尉は出撃前に女性整備兵にちょっかいを出した報いで背面機銃の調整を狂わされ、整備班長に言いがかりをつけに帰るところであった。


 乱戦の中にありながら、戦闘は奇妙な膠着状態の中にあった。同盟軍は撤退の機会を、帝国軍は全面攻勢の機会をつかみかねているように見える。
 だが、帝国軍は待っていたのである。
 それを最初に発見したのは、被弾して後方に下がっていた巡航艦《微山》だった。
 彼らの背後、恒星アムリッツァの向こう側に、突如光る壁が出現したのである。壁は一瞬で消滅したが、《微山》は司令部に急報を送った。探知網が振り向けられる。そして −
「 司令部より急報!」《メムノーン》艦橋でオペレータが悲鳴を上げた。「新たな敵艦隊です! ……さ、3万隻!?」
 驚愕で皆が腰を浮かす。
「 何だと! どこから来たんだ!?」
「 背後の宙域です!」
「 ま、まさか! 機雷原はどうなったんだ!」
 同盟軍の通信網は、ほとんど意味をなさない悲鳴に満たされつつあった。
 10月15日23時。勝敗は決した。


          

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