8.アムリッツァ(後編)
同盟軍は布陣に先立って、背後の宙域に実に4000万個もの核融合機雷を敷設していた。これによって、少なくとも背後を突かれる可能性は極めて低くなるはずだった。
帝国軍は何らかの新技術により − 《微山》が確認した「光る壁」は、その新技術によって機雷群を一斉に爆破したのだろう
− その機雷群を突破してきたのだ。
同盟軍は急速移動によって挟撃されることをかろうじて回避したものの、帝国軍は両翼を急速に延ばし、巨大な包囲網を形作りつつあった。
宇宙戦史上でも希有の、10万隻による追撃戦であった。
「 こ、このままでは……司令部はどうなさるおつもりでしょう?」
エルナンデス少佐が不安げに言う。新たな敵の猛攻で、第10艦隊の残存艦艇にも少なからず犠牲が生じていた。
ホリタは無言で、スクリーンの一枚に小さく映る《ヒューペリオン》を見やった。
間もなく、《ヒューペリオン》から様々な指示が伝達されてきた。それを見たホリタは、ヤンの意図を理解した。
彼らを含む第13艦隊がしんがりをつとめるのだ。よろしい、第10艦隊本隊をお救いできなかった責任を、今ここで果たそうではないか…!
同盟軍の撤退に乗じて攻勢に出ようとする帝国軍の突出を、第13艦隊は極めて正確な攻撃でくじき続けた。
しかし、それと共に帝国軍はどんどん両翼を延ばし、巨大な包囲網をしきつつある。
「 一部の艦で動揺が…… 」イーランド中尉が囁きかけた。「
帝国軍の包囲網を見て、後退の様子を見せつつあります
」
「 ここで後退したら、あっという間に追いつかれるだろうよ。とすると……
」ホリタは部下たちを顧みた。
「 むしろ、前だ 」ホリタが指さしたのは、敵艦隊のいちばん薄い箇所だった。
《ヒューペリオン》からの命令が届く。
「 全艦、後退しつつ艦隊を密集体型に。敵の先頭に砲火を集中するんだ
」
同盟軍本隊はすでに離脱しつつあり、残る第13艦隊への攻撃はますます激しさを増していく。
もはやこの時、第10艦隊の各艦は戦術コンピュータを全面的に第13艦隊司令部に委ねている。
ヤンの的確な命令。フィッシャーの緻密な指示。手近に出現した敵に対処する以外、ホリタらが思考を挟む余地もなかった。同盟軍最高の智将とその幕僚、という評価は、決して誇張ではなかった。その指揮下で戦うということに、ささやかな興奮を覚えないでもなかった。
「 右翼前方、敵艦隊の最も薄い部分に集中砲火! 一点突破をはかる、急げ!」
その指示はホリタの予想通りでもあった。敵艦隊の最も薄い部分
− それこそ、あの黒色の艦隊であった。《メムノーン》も最後の一撃を敵艦隊へ叩きつけた。
よくよく因縁の深い黒色の艦隊を側面に見ながら、最大加速で帝国軍の包囲網を突破する。そのままワープインポイントへの加速を続けながら、ホリタは敵艦隊に追撃の様子がないことを確認した。
戦いは終わったのだ。膨大な犠牲と引き替えに。
帝国領進攻作戦に参加した同盟軍の艦艇20万隻、将兵3000万人。イゼルローンに帰り着いたのは、その三分の一であった。
実に、2000万人もの人々が帰らなかったのである。その結果は、主戦派さえも青ざめるものであった。兵士あっての指揮官。被支配者あっての権力。それをないがしろにした報いはまず、政権交代や大規模な人事異動という形で現れた。そして報いは、人的資源の枯渇という形で急速に同盟全土を蝕んでいく。現政権を選んだ同盟市民への、当然ではあるが、あまりに過酷で哀れな報いであった。
生き残った幹部は、粛然とハイネセンまで帰還してきた。膨大な生命とともに膨大な兵力が失われ、同盟軍は史上最大の全面的な再編を迫られている。様々な事後処理と、これからのことを決めて行かねばならなかった。
ホリタは辺境星域を預かる一人として、辺境部隊の今後を考えねばならなかった。
だが、主力艦隊ですらほとんどが失われてしまった現在、その補充に辺境艦隊から多くが回されることだろう。皮肉にもイゼルローン要塞が我が軍の手中にあることが、それを可能とするだろう。
両国の境界にあるイゼルローン要塞。同盟軍は数度に渡る攻防戦でイゼルローンに振り回され、そしてそれを手中にした今でさえ、振り回され続けているのだ。
彼の第1辺境星域分艦隊は、第10艦隊に編入された艦艇の三分の一を失っていた。しかしこれはまだましであり、第4辺境星域分艦隊は、《ペンテシレイア》はじめほとんど全滅したのだ。
軍中枢部では、人事異動という名の地殻変動が続いていた。具体的な作業は、それが落ち着いてからであった。
そんな中、ホリタはハイネセンで旧知の人物と再会することとなった。