9.ハイネセンにて

「 ホリタ少将……よく無事だった。よかった 」
 そう言って手を差し出した人物 − ムライ少将の手を、ホリタはしっかり握り返した。
「 ムライ少将もご無事で何よりです。ご家族はお元気ですか?」
「 うん、何とかやってるよ……」
 かつてタナトス警備管区で、二人はともに辺境警備の任にあたっていた。その後ホリタは第一辺境星区へ転出し、やがて第一辺境星域分艦隊の司令となったのである。
 一方のムライは、今や同盟軍一の智将、ヤン提督の参謀長である。
 そのことを言うと、ムライの顔に苦笑が広がった。
「 いやあ、私には本当は参謀長といった資格はないよ。ヤン提督は本来、参謀など必要とされる方ではないからね。
 私はこの通り、型にはまった考えしかできない人間だが……だからこそ、ヤン提督のような柔軟な考えの出来る方に、型にはまった人間ならどう考えるか、を提示するのが私の役目なのさ 」
 智将タイプとはそういうものかも知れない。智将というと、やっぱり堅っくるしいタイプなのだろうか……?
「 いやいや、なんというか、面白い方だね 」
 そう言ってムライはニヤリと笑った。
 昔よりも表情が豊かなようだ。それだけ、ヤン提督とは「面白い」人なのだろう。この場合、決して馬鹿にした意味ではない。「魅力的」と言い換えても良いだろう。
「 私がヤン提督にお会いしたのは、そう……788年だったかな、惑星エコニアでの反乱事件のときだよ。君が栄転した直後ぐらいだよ 」
 思えば縁とは不思議なものだ。その時の出会いが元で、ヤン提督はムライを参謀長に招くことになったのだから。
 やがて、ホリタは恐る恐る切り出した。明日、辞表を出そうと思っていることを。
「 やめる……?」
 その時のムライの反応は、ホリタの予想から数光年は離れていた。目を見開いた後、複雑な苦笑を浮かべたのである。
 意味を計りかねてホリタが怪訝な顔をすると、
「 いや、これは失礼した。実は、ヤン提督もしょっちゅうそう言っておられるんだよ。私個人としては、ヤン提督のような方はこれからの同盟軍にこそ必要な方だと思っているのだがね 」
 ムライは手元のコーヒーカップに視線を落とした。窓から差し込む夕陽がテーブルを赤く染めている。続いて二人はどちらともなしに、窓の外を見やった。
 これからの同盟軍……。これまでの同盟軍との落差を思うとき、黄昏に浮かび上がる首都のシルエットは、晩鐘にも似た哀愁を感じさせた。
 ハイネセンを覆う薄明は、果たしてこれから明るくなる日の出前なのか、それともやはり、日没の黄昏なのか……。
「 ホリタ少将……どうやら第10艦隊の艦艇は正式に第13艦隊に編入されそうなのだ。もっとも、辺境艦隊から編入された艦はまだ分からないんだが。
 もしかしたら……貴官と一緒に仕事が出来るかも知れない。そうなれば、私としてもとても心強いのだが……」


 結局、ホリタの辞表は正式に却下され、再び第1辺境星域分艦隊の司令を命じられた。
 − 自分が有能だからではないことは分かっている。アムリッツァでは自分のような辺境から動員された人材さえ多数失われ、辺境警備さえも人材不足となることが明らかなのだ……。そう考えながらも、ホリタは無表情で辞令を受け取った。
 生き残った艦艇は多くが主力艦隊の補充に回されたが、《メムノーン》《ガルーダ》などの主力艦はホリタの麾下に残されることとなった。
 アッテンボローは第13艦隊の所属となり、少将への昇進も決定した。ホリタが祝辞を述べると、アッテンボローは困ったような表情をした。
「 小官だけ昇進するのはおかしいと取り合ってみたのですが……」
「 いやいや、第10艦隊を全滅から救ったのは、君の功績だ 」
「 それはホリタ少将の功績でもあるはずですよ 」
「 私はほとんど何もできなかった。だが、君は違った。特にアムリッツァでの活躍はすばらしかったよ 」
 同じ部署、同じ功績の将兵でも昇進に差を付けるのは、いつものやり方だ。ただ、今回のアッテンボローの昇進は、ホリタにとっても十分頷けるものであった。いつか − それも近いうちに、彼は人望ある優秀な提督になるだろう。自分にはない才能を持つ若者に、ホリタは自分の夢を託すような思いだった。
「 まあ、危険手当の前渡しだと思っておきます 」アッテンボローは苦笑しながら、肩をすくめた。
 そう、彼は第13艦隊の一員として、最前線のイゼルローンへと赴くのだ。おそらく次の戦いはイゼルローンが舞台となるであろう。そのことを思うと何と答えたものか、ホリタも苦笑を返さざるを得なかった。


          

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