10.終わりの始まり

 ホリタはハイネセン軍事宇宙港で、見送りの列の中にいた。
 アムリッツァの巨大な悲劇の中にあって、非凡な輝きを見せた第13艦隊。今、再びイゼルローンへと向かうため、将兵たちがシャトルへと乗り組んでいく。ムライやアッテンボローと目があった時、ホリタはかすかに頷いた。
 なお、この時点において「ヤン艦隊」という通称が公式に認められた、との記録も散見されるが、実際にはこの呼び方が通称として用いられることを黙認した、ということに過ぎない。いつの時代にも故意に曲解しようとする連中は絶えず、そうした輩から「軍閥化」ととられかねないような呼び方を、ヤン本人もよしとするはずもなかった。
 ただ、一般市民や兵士たちが無味乾燥な「第13艦隊」よりも「ヤン艦隊」と呼ぶ方を好んだであろうことは、想像に難くない。
 衛星軌道上の艦隊へ向けて、無数のシャトルが飛び立っていく。同盟最大の英雄を擁する第13艦隊に、新たな伝説を付け加えるために。だが、その伝説はやはり血塗られたものとなるであろうことを、歓呼で見送る人々は理解しているだろうか……。


 アムリッツァで中破した《メムノーン》は、その巨体をハイネセンの衛星軌道上にある第一工廠内に浮かべていた。修理には数ヶ月はかかるという。
「 これが見納めかも知れないな…… 」
 応急修理を終え、第1辺境星域分艦隊の臨時旗艦となった空母《ガルーダ》の艦橋で、ホリタは誰ともなしにつぶやいた、
「 は? 第一工廠ですか?」
「 いやいや 」エルナンデス少佐の言葉にホリタは苦笑した。「《メムノーン》が、だよ 」
「 何をおっしゃいます 」ンドイ大佐が言った。「《メムノーン》はホリタ司令の麾下に残されたんでしょう。数ヶ月もすれば、元の姿になって帰ってきますよ 」
「 ……辺境艦隊から動員されたアキレウス級戦艦は、《メムノーン》以外一隻も戻らなかった。《メムノーン》は辺境最後のアキレウス級だよ。修理の終わる数ヶ月の間にさらに戦況が悪化すれば、真っ先に補充に回されるんじゃないかと思ってね 」
 言葉に迷ったンドイ大佐は、短く息を吐いただけで再びメインスクリーンを見やった。
 数ヶ月先……誰にも分からない。皆が無事でいるかさえも。足下が揺らぐようなかすかな恐怖を感じ、ンドイ大佐は長年踏みしめてきた《ガルーダ》艦橋の床を思わず見つめ直していた。


 戦争の傷跡も生々しいところへ、フェザーン経由で一つのニュースがもたらされた。
 銀河帝国第36代皇帝、フリードリヒ4世が崩御したという。
 大ニュースには違いないが、同盟市民の反応は今一つであった。すでに皇帝は35回変わった。37人目が新たな皇帝について、戦争は続行され、大枠は何も変わらず……
 本当に?


「 随分いいタイミングだな…… 」
 第1辺境星域へと戻る《ガルーダ》艦内で、ホリタはニュースの続報を見ながらつぶやいた。
「 と、おっしゃいますと?」
 ベティ・イーランド中尉が何気なく訊く。
「 皇帝が死んだとなれば、どうせ権力闘争が始まる。同盟にとっては願ってもないチャンスじゃないか。
 もしもだよ、この前の帝国領進攻作戦が、あの時ではなく、今から開始されるとすれば……こんな結果にはならなかっただろうね。同盟がちょっかいを出せない程こてんぱんにやられてから皇帝が死んだというと、何だかタイミングが良すぎる気もするね。
 ま、深読みしすぎか 」


 事実として、皇帝フリードリヒ4世の死は心臓発作による自然死であり、何らかの謀略があったという証拠は存在していない。
 一方、「その後」については、同盟でも帝国でも様々な推察や憶測が飛び交っていた。だが、これから起こるであろうことを正確に洞察し得る者は、数えるほどしかいない。
 宇宙暦796年。
 この一年で自由惑星同盟は建国以来の壊滅的な敗北を喫し、一方の銀河帝国では、皇帝崩御に伴う新たな権力闘争の幕が上がりつつあった。
 歴史はその歩みを、次第に速めつつあった。

     第一部 完


          

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