第2回 学名の形


「ホモ・サピエンスとかニッポニア・ニッポンみたいに、学名は常に2つの単語から成ってるってえのかい?」
「うん、普通に学名っていったら、大抵この二命名法(二名法)やね。 2つのうち前にあるのが『属名』、後ろにあるのが『種小名』」

属名 種小名
ホモ サピエンス
Homo sapiens
ニッポニア ニッポン
Nipponia nippon
ヘリコバクター ピロリ
Helicobacter pylori

「属ってのは分類の単位でね、似たもの同士をまとめて『属』というグループが作られる。 この属名が同じなら、ごく近い種類というわけや」
「属っつーと、なんたら一族の誰それってな雰囲気だな」
「そやな。 属名と種小名がちょうど姓と名に対応してると思ってもええ。 例えば、ちょっとアゲハチョウを例にあげてみよか。 この3種類の蝶を見てほしいんやけどな、3つともアゲハチョウの仲間や」

和名 アゲハ シロオビアゲハ ジャコウアゲハ
学名 Papilio xuthus Papilio polytes Byasa alcinous


「シロオビアゲハとジャコウアゲハはどちらも真っ黒い蝶で、アゲハに比べたら互いに近い種類に見えるやろ? ところが学名を見ると、アゲハとシロオビアゲハは同じ
Papilio 属なのに、ジャコウアゲハはByasa と属名が異なっている。 つまり、分類学的には少し遠いってわけや」
「アゲハとシロオビアゲハは兄弟で、ジャコウアゲハは従兄弟ってな感じ?」
「うん、イメージとしてはそんなとこかな」


「同じ属を繰り返して使う場合は、属名を短く書くことも多い。 例えば

『アゲハ Papilio xuthus とキアゲハ Papilio machaon

と書く場合は、Papilio が繰り返しになるので

『アゲハ Papilio xuthus とキアゲハ P. machaon

のように省略できる」
「人名をイニシャルで省略するようなもんだぁね」
「そうそう。 逆に、属名ははっきりしてるんやけど、種までは分からない、という場合もある。 化石種とか、発見されて間もない新種なんかにはよくあるね。 そういう場合は、種小名の代わりに sp. と書く。 これは種 species の略や」

 Dactylioceras は主に
 ヨーロッパで見つかる
 アンモナイト。 大量に
 掘り出されるらしく、
 日本の化石屋さん
 でもよく売っている。

「例えば、西やんがアンモナイトの化石を掘り出したとしよう」
「俺が?」
「いや、誰でもええんやけどな」
「なんでぇ、そいつぁ……」
「で、例えば、その化石はダクティリオセラス Dactylioceras 属の一種だ、ということまでは分かったが、種小名までは分からんとする。 そんな場合は、Dactylioceras sp. と書くわけや」
「あら、この化石もラベルは Dactylioceras sp. となってるのね」
「うん、こうした化石とかちっちゃな生き物とかは、よほどの専門家でないと種までは同定しにくいんやね。 そういう時はこの化石のようにとりあえず sp. と書いておくんや」
「なんでえ、この化石、日本産じゃないじゃねえか。 そんなのどうやって俺が掘り出せるんだよ」
「しょうがないやろ、管理人が持ってるアンモナイトがこれだけなんやから……」



「ちなみに、同じ種の中でも地方によって違いがある場合、これを亜種という。 学名で亜種まで示したい場合は、種小名の後ろに亜種名が併記される。 単語が3つ並ぶわけで、この書き方を三名法と呼ぶこともあるらしい。
 Owl共和国の中でも、こんな例がある。 有名探鳥地の中で「湖北町水鳥公園」を紹介してるけど、その部分を引用してみよか」

「ヒシクイ Anser fabalis はシベリアから日本に、9月下旬頃から飛来しますが、その飛来地は局所的です。 日本に来るヒシクイには、ヒシクイ A. f. serrirostris とオオヒシクイ A. f. middendorffii の2種類の亜種があります」


「それから、二命名法の後ろに命名者命名年を併記する場合もある。 例えば、上でも紹介したジャコウアゲハの場合はこうなる」

Byasa alcinous (KLUG, 1836)

「ただし、この例で注意してほしいのは、命名者と命名年が括弧に入ってる点や。 1836年にジャコウアゲハの学名が命名された時には、Byasa 属ではなかったため、今では括弧に入ってる」
「つまりKLUGさんは別の属名をつけていたけど、その後でByasa 属に変更されたってこと?」
「うん。 そやから、逆に命名されてから変更されたことがない場合は、括弧はない」
「しかし1836年とは古いねえ」
「いずれ別項で触れようと思ってるけど、学名が今のように整理されたのは18世紀やからね。 普通に見られる生き物ではさらに古いんやで。
 しかしまあ、最近はこういう書き方も滅多に見かけなくなったね。 ほとんどの場合は属名と種小名だけで充分なようや」


「あと、国際動物命名規約の勧告によると、学名はイタリック体(斜字体)で書くのがええ、とされとる」
「何でまたそんなめんどくせえ……」
「さあな、これは私見やけど、アルファベットで書かれた論文中で目立つように、てことやないかな。 英語とかドイツ語がベターッと書いてあってもすぐに見つけられるように」
「ははあ……それでさっきから、学名をわざわざ斜字体に指定してあるのね」
「そうそう。 本とか標本のラベルなんかで、学名を斜字体にしてないのもよく見かけるけど、ほんとは斜字体の方がええわけや。
 ちなみにイタリック体にする代わりに、アンダーラインを引くこともある。 かつて、イタリック体に対応していないタイプライターやワープロ、活字なんかを使う時、そうしたんやろな。 うちの管理人の卒業論文にもそんな箇所があったで」
「トキの学名はNipponia nippon だろ? nippon みたいな固有名詞でも頭を大文字にしないのかね?」
「ああ、学名の場合は、属名は必ず大文字で始め、種小名は必ず小文字なんや。 ただしここからがちょっと面倒なんやが、国際動物命名規約と国際植物命名規約で異なる点がある。 これまでほとんど動物ばかり挙げてきたが、一度だけ植物を挙げたやろ?」
「ははあ、アジサイね」
「そうそう、前回説明したようにアジサイの学名は人名から付けられている。 植物の場合は、人名にちなむ種小名は大文字で始めてもええらしい。 一方、動物はどんな由来であってもかならず小文字と決められている。 例えばノグチゲラというキツツキは、和名と同様に種小名も野口さんが由来らしいが、種小名は小文字で始めるんや」

和 名 学 名
動物の例: ノグチゲラ Sapheopipo noguchii
植物の例: アジサイ Hydrangea Otaksa


「ねえねえ、ちょっと思い出したんだけどさ。 学名って二つの単語からなるって冒頭で言ったわよね。 前回、ティラノサウルスも学名だって言ったじゃない? これは一単語だけだよ」

「ええとこに気付いたな。 恐竜は人気あるテーマやし、独立項を設けまひょか」

2000.07.15