第3回 恐竜の学名
「さて、今回はちょっと各論っぽくなるけど、恐竜の学名についてや。
恐竜のカタカナ名は一単語だけやが、学名としては本当はこれも二つの単語を持っとる」
「ティラノ・サウルスとか」
「ちゃうちゃう。 ティラノサウルス・レックス Tyrannosaurus rex なんて呼び方、聞いたことないか? この場合、rex が種小名なんや」
「レックスって邦画があったわね、そういえば」
「つまりカタカナ名ってのは、属名だけで呼んでるってぇ訳かい」
「そうゆうこと。 普段我々が目にする生き物は、学名なんてものができる前から名前がついとるから、その普段から使う名前(和名)と学名の両方を持つことになる。 そやけど恐竜は普段から使う名前ってのがないから、後から和名を付けずに学名をそのまま使ってるわけや。
ただし、恐竜の大まかな分類だったら一応日本語の名前もあるけどな。
例えば『カミナリ竜』とか『ヨロイ竜』、『角竜』なんて聞いたことあらへんか?」
「子供向けの本なんかにはよく出てくらぁな」
「カタカナばっかりよりは馴染みやすいものね」
「そやけど、これは非常に大雑把な呼び方やね。
例えば『カミナリ竜』を例にとると、この仲間にはブラキオサウルスとかディプロドクスから、ここ数年で発見されたウルトラサウルスやスーパーサウルスまで、いくつもの属が含まれる。 この一つ一つにまで日本語名を付けずに、ディプロドクスとかブラキオサウルスとか、属名をそのまんま使ってる」
「属ってのは似た種をまとめたものだったわよね。
とすると、恐竜の本にはディプロドクスならディプロドクスとしか載ってないけど、本当はディプロドクス属の中に何種類か含まれてるのね」
「さいな。 手元に画像がないんで、かのスミソニアン博物館の画像を見ていただきまひょか。
http://nmnhwww.si.edu/paleo/dino/diplod2.htm
ここでは名前がディプロドクス・ロングス Diplodocus longus と、ちゃんと二名法で、それにイタリック体で書かれてるやろ。
『世界大恐竜博オフィシャルガイドブック』(読売テレビ,1997)によると、ディプロドクス属の中には D. ロングス (longus) の他に D. カーネギー (carnegii)、D. ハイイ、D. ラクストリスの4種が記載されている、とある」
「ロングスってのは体が長いからなんだろうなあ。 カーネギーってのは人名じゃねえか?」
「そう、有名な逸話があってな。 ディプロドクスの全身骨格がアメリカのユタ州で発掘された時、その発掘資金を寄付してくれたアメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(1835〜1919)にちなんで、彼の名を種小名につけたんやそうや。
喜んだカーネギーはその骨格標本を8体も複製させ、世界各国の博物館に寄付した。
恐竜の骨ともなるとでかいし何百個もあるから、大変な手間と金がかかるそうやけどね。
今日でも有名博物館にあるディプロドクスの標本は、カーネギーのおかげということやな」
「しょせん金持ちの趣味じゃん」
「あのな、カーネギーっちゅうのは面白い人で、若い頃は確かにがめつくかせいだそうやけど、晩年は『富は自らの手で集め、自らの手で散ずべきだ』、つまり社会から集めた富は自分で社会に還元すべきだっちゅう考えに変わって、図書館や大学を建てたりしてその莫大な富を社会に還元したんや。
発掘支援もその一環やったんやろね。
放漫経営の果てに国民の血税で補ってもらおうなんて誰かさんに、見習って欲しいね」
「話がそれたが、ともかく、ちょっと詳しい恐竜の本でも属名どまりで、種のレベルまで説明してあるものは少ない。
その点、1998年に東京・上野の国立科学博物館で開かれた恐竜展『大恐竜展 −失われた大陸ゴンドワナの支配者−』の解説書では、学名はきちんと二名法で書かれてる」
「さすが国立博物館!」
「その一方、1994年に大阪南港で開催された『世界最大の恐竜博 WORLD TOUR IN OSAKA』(朝日新聞社,1994)では、残念ながら Tyrannosaurus rex 以外ほとんどの恐竜は属名のみになっている。
何でこんなことになったのか知らんけど、どうも恐竜の場合は学名をきちんと書こうっていう意識が少ないね。
それでも、属名だけでもイタリック体で書いてあるだけ今は良くなってるのかもな。
ほら、珍しいもん見せよか。 1973年に宝塚で開催された『ソビエトの恐竜展・ソ連科学アカデミー古生物学の成果』のパンフ。 当時、物心つくかつかないかだった管理人が連れて行ってもろてな、今もとってある品やそうや」
「1973年!? あたしまだ生まれてないもん」
「うそをつけ!!」
「何もそんなおっきなフォントにしなくても………ふわー、復元図に時代を感じるわねえ。
ティラノサウルスがまるでゴジラじゃん」
「わはは、恐竜の復元図ってのも90年代に入ってから劇的に変わったもんな。
それはともかく、そのパンフではカタカナ名だけで学名が一切ないやろ。
そやから、カタカナの名前が実は学名だということが、なかなか知られなかったんやな。
恐竜の名前は属名をそのまま流用する代わりに、それだけじゃ味気ないからってことかもしれんが、その意味や由来を書いてある本も結構多いな。
有名どころを紹介してみよか」
名 前 | 意 味 | 由 来 |
ステゴサウルス | 板のトカゲ | ご存知、背中に並んだ板から。 「屋根トカゲ」と訳した文献もある。 |
トリケラトプス | 三本角の頭 | これも見たまんま(笑) |
ブラキオサウルス | 腕トカゲ | 太い前肢から、かな? もっともこの後、さらに大きな種類が発見されている。 |
プシッタコサウルス | オウムトカゲ | オウムによく似たするどい嘴を持っている。 |
マイアサウラ | 良母トカゲ | 巣の子供を守るような化石が発見されたため。 マイアはギリシア語で良母、サウラはサウルスの女性形。 |
イグアノドン | イグアナの歯 | 最初に歯だけが発見された時、イグアナの歯とそっくりだということで、こんな属名になった。 |
ニッポノサウルス | 日本のトカゲ | 発見当時は日本領だったサハリンで発見されたため。 このように発見地にちなむ名前も多い。 |
「おい、イグアノドンが 『イグアナの歯』 ってことは、ドンってのは
『歯』 という意味か?」
「そうらしいな」
「じゃあ、ラドンやテレスドンは何の歯だってんでぇ」
「………知らんわい!」
「こっちのパンフ、面白いわね。 恐竜の中国語名がのってるわよ」
「ああ、以前化石の展示即売会で配ってたもんや。
中国から化石やその複製を輸入してる会社のパンフやね」
ティラノサウルス ベトナムの切手。 ただしちょっと古い 切手なので、古い復元に基づく姿に なってますね(^_^) |
プロトケラトプス モンゴルの切手。 同時に発見 された卵も描かれてます。 |
「ほほう……ティラノサウルスの中国語名は『覇王竜』か」
「うん、もともとティラノサウルス Tyrannosaurus という属名自身、凶暴な肉食恐竜ということで、暴君とか専制君主とかいう意味の『tyrant』から付けられている。 だから、日本語では『暴君竜』と呼ばれることもあるね。 そやけど最強の恐竜という意味では、マイナスのイメージが強い『暴君』よりも、中国語名の『覇王竜』の方が風格があってええような気もするな」
「プロトケラトプスは学名 Protoceratops andrewsi、中国語名では安氏原角竜か。 安さんが発見した原始的な角竜、てぇわけか?」
「うーん、種小名がアンドリューシ andrewsi やから、『安氏』ってのはこれを中国語風に略して付けたんやないかなあ。
この andrewsi っちゅう種小名は多分、アメリカのロイ・チャップマン・アンドリュースにちなんだものやと思うで。 アンドリュース探検隊は1920年代にモンゴルのゴビ砂漠で発掘調査を行い、当時は世界初と思われた恐竜の卵や、プシッタコサウルスなんかを発掘したことで有名なんや」
「パンフのこっちを見てみ。 そのプシッタコサウルスが載ってるやろ。 日本語では『プシッタコサウルス』という名前しかないが、学名を見ると P. sinensis と P. youngi の2種がある。 そして中国語でも、その2種にちゃんと名前がついてるんや」
学 名 | 中国語名 | 日本語名 |
Psittacosaurus sinensis | 中国鸚鵡嘴竜 | プシッタコサウルス |
Psittacosaurus youngi | 楊氏鸚鵡嘴竜 |
「種小名のシネンシス sinensis は中国という意味やから、中国語名でも頭に『中国』が付いてるんやね。 ヤンギ youngi はよく分からんけど、中国語名で『楊氏』とうことは、さっきの『安氏』同様に人名やないかな」
「youngi ……もしかしてヤング young ていう人名じゃない?」
「ああ、なるほど。 そうかもしれんな。
つまり、プシッタコサウルスという属名には『鸚鵡嘴竜』という名前を付けておき、種のレベルまで表すには、種小名を略したり意訳して冠する、という付け方や。 これは学名に沿った命名法で、法則さえ分かればかえって分かり易いね。
それに、今『楊氏』から考えたみたいに、学名の意味や由来を知る参考にもなるやろ。
実は日本語名でも、外国の生き物を紹介する時は、こうした法則で和名をつけよう、という提唱もなされている。
いずれ学名と和名について説明する時にでも紹介しよか」
「ふーん。 それにしても、アンドリューシにしろカーネギーにしろ、そういう逸話のある種小名ってのは、本なんかでももっと積極的に紹介してほしいもんだぁね。
せっかく面白い話もあるのによ」
「そうやな。 もともと学名ってのは長いから、『ややこしいものは見せない』なんて余計な親切心から種小名を書かなくなったんやろうけど……言うなれば、拡張子みたいなもんやな」
「おいおい、えらく話が飛んだな」
「ウィンドウズの初期設定では、エクスプローラーなんかで見ても拡張子を表示しない設定になっとるやろ。
マッキントッシュになると、そもそも拡張子を持ってないそうやないか。
けど、主観的なアイコンなんかより拡張子の方がよっぽど分かり易い。
関連付けソフトがないとアイコンはどれも同じものになってまうが、拡張子さえ確認すれば他のソフトやパソコンなら開けるかどうか手掛かりになるやんか。
アイコンなんかより拡張子をもっと大事にして欲しいね」
「デスクトップ上のショートカットアイコンは便利だよ」
「うん、それはそうや。 けど、マイコンピュータやエクスプローラを開いた時、アイコン表示やったらスペース取るわ探しにくいわ、「詳細」表示の方が整然としてて探しやすいわ」
「まーまー、脱線もそのくらいで、そろそろしめようや」
「恐竜の学名は、紹介のされ方がバラバラというか不十分やが、他の動物と同じちゃんとした学名を持っていて、その名前一つ一つにも理由やいわれ、歴史がある、ということやね」
参考文献など
ガイドブック、パンフレット類
1.「世界大恐竜博オフィシャルガイドブック」
読売テレビ,1997年
2.「大恐竜展 −失われた大陸ゴンドワナの支配者−」 読売新聞社,1998年
3.「世界最大の恐竜博 WORLD TOUR IN OSAKA」
朝日新聞社,1994年
4.「ソビエトの恐竜展・ソ連科学アカデミー古生物学の成果」
朝日新聞社,1973年
5.株式会社京都科学・恐竜化石リスト
文献類
1.金子隆一・編「最新恐竜事典」 朝日新聞社,1996年
2.ヒサクニヒコ「恐竜博画館」 新潮文庫,1984年
3.小畠郁生「失われた生物」 保育社,1973年
2000.08.06