“竜の飛翔” −「果しなき流れの果に」 との比較 -
 「日本沈没 第二部」 「果しなき流れの果に」 双方のネタばれになる恐れがありますので、ご了承の上お読みください。
  
 「果しなき流れの果に」 は小松左京先生の代表的長編であり、1965年に書かれたにもかかわらず、今読んでもそれほど古さを感じない、驚くべき名作です。 これを小松作品でもっとも好きな作品にあげる人は多く、私などはすべてのSFでもっとも好きなものの一つです。
 この 「果しなき流れの果に」 には、こんな箇所があります。

 「二十一世紀の半ば、思いもかけぬ大地震と地殻変動で、日本列島がわずかな高山頂を残して海底に沈んでから、この古い歴史を持つ、文明度の高い、エネルギッシュな民族は、祖国を失ったさまよえる民となった。 当時一億七千万を数えた人口は、一挙に五分の一になり、各国は難民受け入れに大わらわになった」 (角川文庫版、265ページ)

 「仮政府はアルゼンチンにできたが、もはや昔日の力はなかった。 (中略) 人口百億を越えた地球上には、すでに彼らの求める「祖国」をつくる余地はなく、彼らは月に、火星に、木星の衛星上に、彼らの奇妙な、貧しく、閉鎖的なコロニーをつくっていった。 そして恒星開発期にいたり、はるかな宇宙空間の彼方に、未開発の地球型惑星があるという風評を耳にするや、二十年にわたる猛烈な運動の結果、ついにここに最初の二百家族が第一団としてαCWにむかって旅立つこととなった」

 最初の文が 「日本沈没」 第一部、そして次の文が 「日本沈没 第二部」 に相当するプロットなのは間違いありません。
「果しなき」 では移民船は冥王星第二惑星ケルベロスのフェリー基地から出発していきますが、 「日本沈没 第二部」 では恒星間航宙船 《蒼龍》 が地球周回軌道上から飛び立っていきます。 「果しなき」 での行き先はアルファ・ケンタウリですが、 《蒼龍》 の行き先は明記されていません。
 もし仮に、両者が同じ歴史線上にあるとすれば、 「果しなき」 の方で 「人類史上初の 〈恒星移民団〉 」 と明記されていますので、こちらが先ということになるでしょうか。 しかし冥王星宙域から出発する 「果しなき」 の移民船よりは、地球周回軌道上から飛び立っていく 《蒼龍》 の方が先になりそうな気もしますね。
 いうまでもなくこの両者は同じ船ではありませんが、それぞれの船に乗り込む 「二百家族」 という数字は、ぴたりと一致しています。


 一見して明らかなように、 「日本沈没」 第一部・第二部と 「果しなき流れの果に」 では、日本沈没の時期、その当時の日本人口、そして脱出できた日本人の数が異なっています。 すなわち両作品における日本沈没は、その数世紀後の恒星間移民も含め、別々のパラレルワールドで起こった出来事なわけですね。
 逆に、「二百家族」 という数の一致は、「果しなき」 の移民と 《蒼龍》 の出発が、それぞれのパラレルワールドで起こった同等の出来事であることを象徴しているように思われます。
 ではその二つのパラレルワールドを比較した場合……
 「果しなき」 の方で描かれる “日本沈没” は、結構暗い雰囲気がただよっています。 それに比べて 「日本沈没」 第一部では大勢の日本人が生き延び、そして第二部では前ページで書きましたようにやや楽観的とも言えますが、力強さ、たくましさ、そして優しさが垣間見えます。
 「日本沈没」 の歴史線では、異変は1970年代に起こっているので、今現在我々が生きているパラレルワールドとは別でしょう。 一方、 「果しなき」 の歴史線では21世紀半ばまでに日本人口が1億7千万にまで増えているので、これもすでに人口が減少に転じつつある我々の歴史とは違うようです。 良かった、我々の世界は “日本沈没” の起こるいずれの歴史線とも別のようです……って、そういう重箱の隅突きッぽいこじつけお遊びはともかくとして。
 もし仮に、 “日本沈没” とまではいかずとも大災害に見舞われた場合、現実の我々は 「日本沈没」 第一部・第二部に描かれたような力強さ、たくましさ、そして優しさを持ち得るだろうか……と考えると、厳しいと感じてしまいますよね。 「果しなき」 のように陰鬱な歴史を歩んでしまうのではないでしょうか。
 「日本沈没 第二部」 の終章は 「竜の飛翔」 というタイトルになっています。 このタイトルには、「果てしなき」 で感じてしまう陰鬱さは感じられません。 同じ恒星間移民でも、こういう希望を感じさせる飛翔の後に続く歴史 − 宇宙のどこかに建設されるであろう、新たな 「日本」 の物語を知りたいものです。
 そして。
 今我々の住んでいる現実の日本は − 現実的な意味で、これから先どこまで “飛翔” できるでしょうか。


 ところで。
 「果しなき」 と 「日本沈没」 とで脱出できた日本人の数が違うのは……おそらく 「果しなき」 のパラレルワールドには田所博士か渡老人がいなかったからだと思うぞ。

2006.7.14