第5部の注釈・言い訳・重箱の隅つつき


ナポレオンと彼のライバルたち
 第1章冒頭の言葉は、ナポレオンの人生のいつ頃かは定かではありませんが、ともかくナポレオンの言葉として伝えられているものです。 この言葉の引用を決めてから、第5部はナポレオンをキーワードにしてみようと思いつきました。 というわけで、第5部で名前の登場したクトゥーゾフ、ネルソンについての解説をば。

 ミハイル・イラリオノヴィッチ・クトゥーゾフ(Mikhail Ilarionovich Kutuzov,1745〜1813)。 別掲のように空母の名前は空を飛ぶものでまとめたので、この名前は戦艦の方が良かったかな、と後から思ったのですが、他の空母の名前を考えたのが何分第1章をアップした後だったもので……。
 1812年にロシア軍総司令官となり、遠征してきたナポレオン軍を迎撃。 直接対決したボロディノ会戦はどちらが勝利したともつかぬ結果に終わり、その後の焦土戦術で勝利する。 翌1813年、対ナポレオン戦争のさなか、陣没。
 この名前を使うにあたりちょこっと調べてみたのですが、ナポレオン軍をモスクワまで引きずり込んで最終的に敗退せしめたのは史実であるにしても、これがクトゥーゾフの戦略眼によって成し遂げられた勝利であるとする資料もあれば、単に後退を続けて結果的にナポレオン軍が冬将軍で消耗したのが主原因、とする資料もあるんですね。 歴史的評価というのは難しいもんです。 これが千数百年も未来になったら、もっとあやふやになってるんだろうなぁ……。 いずれにせよクトゥーゾフ将軍が救国の英雄であったことは確かなようで、ソ連邦時代にはクトゥーゾフ勲章というのもあったそうです。

 ホレイショ・ネルソン (Horatio Nelson,1758〜1805)。 拙作では第9章アブキール湾の海戦 (1798年) を取り込んでみましたが、一般的にはトラファルガーの海戦 (1805年) が有名ですよね。 ただトラファルガーでは大勝利を収めながらも戦死してしまうという、まさにブルース・アッシュビーのような最後を遂げます。 拙作中ではホリタにとっては縁起でもないので触れませんでしたが(苦笑)。
 ナポレオンのエジプト遠征自身はとても有名で、作中でも触れた 「兵士たちよ、4000年の歴史が諸君を見ている」 という言葉もお聞きになったことがあるのではないでしょうか。 同じ時アブキール湾では大敗北を喫していたのですが、ナポレオンは自分だけ小さな船で脱出し、「海戦の敗北は、部下たちが自分の命令を無視した結果」 などと報告したそうな。 ナポレオンは 「奇跡の生還を果たした不死身の英雄」 と大歓声で迎えられ、民衆の人気をバックに権力の階段を駆け上り、1804年にはフランス皇帝にまでなります。
 つまり、一見したところナポレオンはまだ 「上り調子」 だったように見える時期で、そのためアブキール湾での敗北が目立たなかったのかも知れません。
 しかし皇帝即位の翌年にはトラファルガーで再び両者が衝突します。 ネルソンは戦死しますが、ナポレオンは海上での野望を打ち砕かれ、矛先を東 − ロシアへと向けるものの、無謀な遠征の果て、クトゥーゾフに敗北します。
 1815年、セントヘレナに流刑されることとなったナポレオンを運んだのが、アブキール湾の海戦でネルソンが指揮した軍艦の一隻でした。 その時、ナポレオンはこう書き残したそうです。
「すべての計画において、私はイギリス艦隊に邪魔された」

 ナポレオンの海上進攻をことごとく押さえた点、しかもライバルより11歳年上で、そのライバルより先に死んでしまうあたりなど、ヤン・ウェンリーにだぶる感じがしますね。 ちなみにネルソンは国家に忠誠を尽くす生真面目なタイプだったようで、そこはともかくとして(笑)

JL77の逸話はいつか
 拙作ではこの逸話は1月29日ということにしています。
 小説版第5巻P92にはこうあります。
「JL77基地が帝国軍の放出する妨害電波に悩まされつつも送ってきた最後の情報が、統合作戦本部と宇宙艦隊司令部との合同会議のテーブル上にのせられたのは三月一日である」
 あ゛あ゛っ、三月一日では遅すぎる。 って似たようなタイトルのSFってありませんでしたっけ。 いや、それはともかく。 二月一日の誤植ですね。 私の持っているのは1994年の第75刷なので、最近の版では修正されてるですかね?
 らいとすたっふ編著 「エンサイクロペディア銀河英雄伝説」 (徳間書店、1992年) の 「大年表」 によると、 「2月1日 情報基地JR77より、帝国軍の位置連絡」……
 あ゛あ゛っ、ここもか! ジェイアールって……西日本ですか、東日本ですか?(違)。
 ふと思い立って、田中芳樹監修 「銀河英雄伝説ハンドブック」 (徳間デュアル文庫、2003年) (この本、前半はエンサイクロペディアとだぶるんですが、後半の解説や対談が欲しくて買ったんですよ) に載っている 「銀河英雄伝説年表」を見ると…… 「JR77」 のままじゃん。修正しようよう……。
 それはともかく。
 小説版でお分かりのように、2月1日というのはあくまで 「統合作戦本部と宇宙艦隊司令部との合同会議」 に情報が届いた日であり、JL77が発信した日ではありませんよね。
 このJL77の逸話の次の段落で 「一月三○日に、ラインハルト以下の帝国遠征軍全軍はポレヴィト星域に集結をはたした」 (P88) とありますから、先鋒のミッターマイヤー艦隊がシュバーラ星系を通過したのはそれよりだいぶ前ということになりそうです。 そう考えると29日でもやはり苦しいのですが、チャロウォンク准将の逸話を挿入するにあたり、このあたりに持ってきてしまいました。
 ところでJL77へ増援されるはずだった部隊が第9辺境艦隊であり、それが度重なる針路変更で道に迷ったなどというのは、完全に筆者の創作です(^^)


空母の艦名
 同盟軍空母、これもアキレウス級についで好きなスタイルです。 でも原作では名前の登場する空母は 《アムルタート》 ただ一隻、と何とも寂しい限りなので、拙作では空母も名前付きで登場してもらおうといくつか考えてみました。
 最終的に、海上での空母は空を飛ぶ飛行機の母艦ですから 「空を飛ぶもの」 というスタンスで考えてみました。もっとも宇宙空母の場合はあまり関係ないんですけどね(^^;)。 それと、第1章に登場する 《クトゥーゾフ》 はこのスタンスに到達する前に登場させたので、ちょっと外れちゃってます。

《ガルーダ》
 拙作では第1部から活躍してもらっていますので、すでに艦名紹介にも簡単に登場していますが……。
 インド神話の鳥族の王で、ヒンドゥー教の三大主神の一人、ヴィシュヌを乗せて天空を駆け巡る。インドネシアの国旗に描かれ、タイ王室のシンボルでもあるそうです。また仏教にも取込まれ、「迦楼羅(かるら)」の元になったそうです。

《ホウオウ》
 鳳凰。日本では結構メジャーですね。10円玉にも描かれた宇治平等院鳳凰堂でもお馴染みですね。20世紀日本で誕生した「火の鳥」神話のモデルの一つ(^^)。
 「鳳」はオスで、「凰」はメスなんだとか。中国に伝わる聖鳥で、めでたい時に現れる。360種類の鳥(及び虫)の長。ここらへんはガルーダと似てますかね。南の空には「鳳凰座」がありますが、これは英語では「Phoenix」。鳳凰とフェニックスは別物だとは思うのですが、1603年ドイツの天文学者バイエルによって決められたそうなので、「Phoenix」が本来のようですね。

《ケツァール》
 鳥類の中でいちばん華麗な鳥とも言われ、グアテマラの国鳥でもあります。 伝説によれば、マヤのキチェ王国がスペイン人の侵略を受けた時、倒された大将テクン・ウマンの元に一羽の鳥が舞い降り、胸に血をつけて飛び去っていったそうです。 この鳥こそケツァールであり、そのため今もその胸は赤いといわれるとか。 テクン・ウマンは現在でもグアテマラの国民的英雄だそうです。
 またケツァールは人間が飼育しようとしても餌を食べずに餓死するといわれ、気高い独立の象徴とされているそうです。 こういうあたり、自由惑星同盟でも好んで使いそう。

《タペジャラ》
 白亜紀に棲息した翼竜の属名。 空を飛ぶものの一つとして翼竜を加えようと思ったのですが、よく知られた翼竜プテラノドンやランフォリンクスはいろんな作品でいろんなものにすでに使われていますし、ケツアルコアトルスも第7艦隊旗艦 《ケツアルコアトル》 とだぶってしまいます。 そこでその他の翼竜で、ちょっと特徴のあるものを使ってみました。
 Tapejara imperator (タペジャラ・インペラトール) は1995年にブラジルで発見されましたが、写真のように頭にばかでかいとさかのようなものがあり、これで飛べたんかいな、とも言われているとか。 ただ 「インペラトール」 (皇帝) という種小名は民主主義国家の艦名としては何なので、同じタペジャラ属でもインペラトールとは別の種にちなんだ、ということにしておいてください(笑)
※ 属名とか種小名ってなんじゃ? という方はこちらを。

アキレウス級 in ランテマリオ
 第3章ではランテマリオ会戦に参加したアキレウス級 (またはその改良型?) として、 《リオ・グランデ》 《パトロクロス》 《アキレウス》 《ディオメデス》 《ロスタム》 《アイアース》 《パラミデュース》 《シヴァ》 《メムノーン》 を挙げています。 むろん原作上はほとんど登場しませんが、同盟全軍をすべてかき集めた戦いであるからには、たぶん参加しただろうと想像し、この時点で生き残っていたと思われる艦をすべて挙げてみました。 なお、 《レオニダスU》 も生き残っていた可能性があると複数の方からご意見を頂いております。 実はDATABOOKではドーリア星域会戦で撃沈されたことになっているのですが、ルグランジュ提督自決後に降伏すれば、生き残っていたかも知れませんね。 提督自決後まで戦いが続いたとは思いたくないので、降伏説を取りたいところですね。
 さて、 《リオ・グランデ》 《パトロクロス》 《アキレウス》 はまず確実に参加していたでしょうし、DATABOOKの記述でもアキレウス級で間違いありません。 《ディオメデス》 《ロスタム》 は画面上で見るにアキレウス級だと思うのですが、DATABOOKにはアキレウス級として載っていないんですよね。
 《アイアース》《パラミデュース》 は、原作上はランテマリオ当時どこにいたか (そもそもまだ現役だったかも) 不明です。
 《シヴァ》 はDATABOOKにも載っておらず、原作での登場はずっと後の方です。そこで建造中止になっていたものを急遽完成させた、としてみました。DATABOOKは宇宙暦797年時点を想定して書かれているので、その時点ではまだ就役していなかったものと解釈し、また建造中止になっていたとすれば、 《レオニダスU》 が (797年当時は) 最後のアキレウス級であったというDATABOOKの記述とも辻褄が合うと思われます。 逆にランテマリオ当時はまだ完成していなかったという解釈もありそうですが、この数ヶ月後のバーラトの和約以後に建造されることはちょっとなさそうですから、ランテマリオ会戦の時点ではすでに存在していたと考えた方が良いでしょう。
 後から気付いたのですが、そうするとやはり後の方で登場する 《マサソイト》 なども、この時点で存在しているべきでしょうね。 ただこれはアキレウス級とは異なるタイプにも思われます。
 そもそも、DATABOOKではこのアキレウス級が何隻なのか、ちょっと不整合があったりしてあやふやなんですね。 さらに2004年3月には 「1/12000バトルシップコレクション」 というものが発売されましたが、入手した友人から聞きかじったところでは、この製品に付いている各艦の解説はDATABOOKとところどころ異なっているようです。 まとめることができましたら、いずれ別項で書きたいと思っています。


《リオ・グランデ》 会議風景
 第3章でビュコック司令長官、チュン・ウー・チェン総参謀長と将官たちが参加している会議、ここでのセリフはほとんどアニメの通りです。 しかしアニメでの会議の様子を見ると、参加者はビュコック、チュン・ウー・チェン、パエッタ、モートン、カールセン、ザーニアル、マリネッティの計7名。 確かにストーリー上登場するのはこれだけなんですが、これは少ないのでは? 将官を対象とした会議ならば、小説にもアニメにも (名前だけですが) 登場するデュドネイさんは、なぜいないのでしょうか? ま、まさか大佐で分艦隊指揮を!?(^^;) (マジメに解釈するならば、デュドネイさんのキャラクター設定がなかったからでしょうね。 でも、だとしても適当なモブでいいからもう何人か並べておいてもいいのに……)
 一つだけつじつまの合いそうな解釈としては、この時点ではデュドネイさんをはじめ同盟各地から集まってくる将官はまだ全員集合していなかった、ということが考えられます。 この解釈でいくと (というかアニメに忠実たらんとする限り) ホリタも参加できないのですが、それは寂しいので、えいやっとみんな参加させることにしました。
 ちなみに登場する将官のうち、ホリタ少将、ンドイ准将、チャロウォンク准将、ウィジャラトニ少将、ハン准将は拙作オリジナル。 ビューフォート准将、デッシュ准将はオリジナルではありませんが、ランテマリオに参加したかどうかは不明です。 特にデッシュ准将は無理がありそうですが、拙作では分艦隊指揮経験があるし、後にイゼルローンでも分艦隊を指揮するようになるので、ここにも参加してもらいました。……だって、誰も彼もオリジナルにするとやりすぎかな、と思っても、この頃になると登場させられる人材が他にいないんだもん……。 少将クラスとしてはサックスとかマスカーニもいるんだけど、やっぱりねぇ。 それにしてもこの頃はどこにいたのかなぁ?
 ところでこの会議、小説版では (おそらくハイネセンでの) 2月1日の 「統合作戦本部と宇宙艦隊司令部との合同会議」 ですが、アニメ版では 《リオ・グランデ》 艦内での会議となり、日付は示されないものの、もう何日か後のことと思われます。 拙作では小説版に合わせて2月1日と書いてしまいましたが、アニメ版を基本にしましたのでもう数日後にすべきだったかも知れません。後から気付いたのですが、ご了承下さい。


デュドネイ分艦隊の位置は?
 拙作では第14艦隊は同盟軍右翼に布陣し、デュドネイ分艦隊はその最右翼に位置することにしています。 これはアニメの画面で見るとワーレン艦隊が同盟軍から見て右に回り込んでいたこと、ワーレンもスールズカリッター少佐もビュコック司令もみんな 「右翼」 と言ってるし、モートン中将の直属艦隊が右舷回頭して駆けつけていることなどから見て、アニメではデュドネイ分艦隊は右翼であることに間違いありません。 また第14艦隊については、宇宙潮流を渡ってきた 《黒色槍騎兵》 艦隊は同盟軍から見て右へと流されていることから、前衛よりやや遅れてはい上がってきた 《黒色槍騎兵》 艦隊本隊の直撃を受けるのは同盟軍右翼であろう、ということで右翼としました。
 アニメ画面に描かれる三角形(笑)を見ながら、あの三角形は誰それの艦隊、あっちの先端には誰がいて、などと考えながら上記のように組み立ててみたのですが……途中まで書いてから小説版を読み返すと、デュドネイ分艦隊の位置は定かではないものの、ワーレン艦隊は同盟軍の左へ回り込んでいることに気づいてしまいました。
 これはどちらが正しいと言えるものでもありませんが、小説・アニメ双方を知っている場合はビジュアル的にアニメ版の方がイメージしやすいだろう、ということでそのままアニメ版に従った形にしています。 小説版しかご存じない方には申し訳ありませんが、左右を入れ替えてお考え頂ければ大体オッケーかと (^^ゞ
 宇宙潮流の流れる方向は、アニメでは同盟軍の左から右へ流れていましたが、小説版でも 《黒色槍騎兵》 艦隊から見て9時方向となっていましたから、これは一致していますね。 ただアニメでは恒星へ向かって流れているのに対し、小説では遠ざかっている(あるいは恒星の周りを公転している?)ようです。
 ところでアニメと小説の違いについてもう一点。2月8日、13時の両軍の距離ですが、小説版では5.9光秒、砲戦の始まる13時45分に5.1光秒まで接近します。一方アニメでは13時の時点で5.2秒。上記のようにアニメに従っている部分が多いので、えいやっとアニメの数字を用いることにしました。


ビュコックさん、ちょっと待って!
 2月9日、11時20分。 《黒色槍騎兵》 艦隊の一撃を受けた同盟軍は総崩れとなり、勝敗は決します。 そこでビュコック司令長官は 「少しだけ時間をもらう」 と言って自室に入り、自決しようとするのですが……
「宇宙艦隊が消失した以上、司令長官だけが生きていても詮無いことだ。そうは思わんかね」
 とかおっしゃってますが、そうしている間にも、まだ少なくとも数千隻の同盟軍艦艇が戦っているはずです。 まだ自分たちが戦い続けているのに、「消失した」 などと言われてはたまったものではありません。
 その言葉に対して、チュン総参謀長が続けます。
「まだ宇宙艦隊は消失してしまってはおりません」
 そう、さすが総参謀長、第14艦隊や第15艦隊はまだ一隻残らず全滅したんじゃなくて……と思ったらそれに続けて 「ヤン艦隊はなお健在です」
 ……そっちかい!!
「一隻でも艦艇が残っている限り、司令長官には生きてこそ責任を取って頂かなくてはならんのです」
 まさしくその通りです。ですが、その 「一隻でも艦艇が残っている限り」 というセリフは、まだどこまで来ているか分からないヤン艦隊ではなく、今あなた方がそうやって話し込んでいる瞬間にも戦い続けている目の前の部下たちをこそ指してほしかったと思います。 むろん、そういう意味も含めてのセリフだったのかも知れませんが。
 しかしですな、ビュコック長官。 私めは長官を心より尊敬しておりますが、この場面だけは納得できないんですね。 たとえ自決するにしても、後からでも出来る (いや、たとえ後でも自決を肯定しようというのではありません。 しないことが一番)。 その前に、目の前でなお戦い続けている部下たちのことを考えるべきではないでしょうか。


「メムノーン伝」第5部あとがき