第3部の注釈・言い訳・重箱の隅つつき
1.本と勲章
第1章で登場する「戦略的発想と戦術的発想 − ヤン・ウェンリー四つの戦い」
「ヤン・ウェンリーに見るリーダーシップの研究」
「現代人材論Vヤン・ウェンリー」という本のタイトルは、ちゃんと原作で登場しているものです。また、第10章の「首都で飛び交っているご大層な名前の勲章」
というのも原作に記されています(ただし、「特別勲功大章」
が 「ヤン大将のために新しく設けられたらしい」
というのは筆者の創作です)。
私、恥ずかしがり屋ですから自分でこうした名前は付けられません(笑)
2.「じゃがいも士官」 代行就任の日
「じゃがいも士官」 ことドーソン大将はクブルスリー大将が負傷した後、統合作戦本部長代行に任命されますが、これはいつのことでしょうか。
本編第2巻 「野望編」 では、まずクブルスリー大将暗殺未遂の場面があり、それからどれほどの時間が経ったのかは不明ですが、ドーソン大将の代行就任が記されます。そして
「その翌日」 のこととして惑星間ミサイル爆発事故が描かれ、その後でクーデター派が
「さあ、決行するぞ」 と密談している場面が現れます。すなわち、これらは3月30日の暗殺未遂事件から4月3日のネプティスにおける叛乱勃発まで、という可能性があります。
ところが外伝第2巻 「ユリアンのイゼルローン日記」 では、ドーソン就任は4月5日、と明記されています。5日と言えばネプティスに続いてカッファーでも叛乱が起こった日です。
ということは、原作に忠実たらんとする限り4月5日が正解となるのですが、拙作では本編から推察される、4月3日よりも前ということにしています。
実はドーソン就任の翌日に発生するミサイル爆発事故を拙作に挿入したかったのですが、もしも就任が5日とすると事故は6日となり、すでに各地の叛乱が起こり始めてややかすんでしまうかな、という懸念があったためです。もちろん事故が6日であってもその重大さは変わりませんが、ストーリーの展開上やはり4月3日以前ということにしました。
3.クーデターはいつ発生したのか!?
宇宙暦797年4月13日、辺境4星域の叛乱に対して、ヤンがドーソンから鎮圧命令を受けます。そしてそのことを幕僚に話している最中、ハイネセンでのクーデター発生が伝えられます。命令受領からそれを幕僚に伝えるまで、1日以上の間があくとは思えません。つまり、クーデター発生はやはり13日だと思われます。OVAのエベンス大佐の放送でも「宇宙暦797年4月13日、我ら自由惑星同盟救国軍事会議は、首都ハイネセンを支配のもとにおいた……」と明言しています。
ところが!
OVAでは、フェザーンでボルテックがルビンスキーに「クーデターが発生しました4月18日には……」と言っています。ううん、これはボルテックの勘違いか、ハイネセンとフェザーンの時差か……??
しかし小説版を見ると、ハイネセンでのクーデター発生を描く章は「その日、四月一八日。」で始まっているのです。
う〜ん、13日か18日か……。原作ではっきりしない場合は、参考資料を見てみましょう。
「SFアドベンチャースペシャル TOWN MOOK
銀河英雄伝説 《わが征くは星の大海》 」 (徳間書店,1988年) には、「超銀河年表」
と銘打った銀英伝ワールドの年表が掲載されています。ここでは
「18日、同盟首都ハイネセン、救国軍事会議のクーデターにより占拠さる」
となっています。ううむ、この本は18日説か……。
あっ、そうだ! 外伝第2巻 「ユリアンのイゼルローン日記」
を忘れてた! これなら日記だから、日付も明らかだ!
さて、宇宙暦797年4月13日のページを見てみると……
「ハイネセンでクーデターがおきた」 と明記してある! もはや、クーデター発生は13日で間違いないでしょう。ちなみにコミック版も13日となっております。
「原作と極力矛盾しないよう」 考えてきたつもりですが……しかしこれでは「その日、一八日。」はどうしましょう。
ちょっと真面目に解釈してみましょう。外伝第2巻にもあるように、クーデター発生は4月13日が正解なのだと思います。小説版の
「その日、一八日。」 というのは、 「一三日」
の単純な誤植か何かだったのでしょう。そしてOVA版でボルテックが
「クーデターが発生しました4月18日には……」
と言ってるのは、原作に極力忠実たらんとしたため、誤植すら忠実に再現した(?)ということのような気がします。
例えば、バーラト星系第6惑星の名前は、小説版第2巻187ページで 「シリーュナガル」 となっています。これって読みにくいなあ。ほんとは 「シリューナガル」 じゃないかしらん? OVAでヤン役の富山さんが
「第6惑星シリーユナガルに立ち寄る」 と言ってるのには、苦労がしのばれます。ヤン艦隊が氷塊を採取している場面では、テロップで
「Shilyunagal」 となっています。このスペルだと、やっぱり
「シリューナガル」 ではないかと思うのですが……。
何の話でしたっけ? そうそう、つまりちょっとしたミスと思われる箇所でさえ、OVAは忠実に再現しているような節があります。この
「18日」 というのも、その一例ではないでしょうか。
……と、ここまで書いてきて、 「ある可能性」
に思い至った私は、本屋に出かけた折に銀英伝第2巻を手にとりました。そして、78ページを開くと……
どわああああ!! 「その日、四月一三日。」 となっている!!
そうなんです。私の持っている1990年7月15日・第39刷では 「その日、四月一八日。」 となっているのに、本屋にあった1999年9月5日・第94刷 (おお!) では、 「その日、四月一三日。」 に修正されていたのです!
修正版しかご覧になっていない方は、 「こいつ何言ってんだ?」
と思われたことと思います。とにかく、古い版では 「四月一八日」 になってたんですよ。んで、やっぱり単純な誤植か何かということで、最近の版では修正されてるんですね。それだけのことに、これだけ長々と申し訳ありません。
ところで新しい第94刷でも、バーラト星系第6惑星の名は
「シリーュナガル」 のままになっています。うーん、
「シリューナガル」 じゃないのかなあ……。
4.傍らの少年にどのような指示をしていたか
拙作第7章では 「開戦の数時間前、ヤン提督が傍らの少年にどのような指示をしていたか、公式記録には何も残っていない」
と意味ありげなことを書いておりますが、これは小説版にある、ドーリア会戦直前のヤンとユリアンのやりとりを指しています(第2巻124ページ)。
「アムリッツァの会戦に先立って、ビュコック提督はロボス元帥に面会を申し込んだ。ところが元帥は昼寝中だったので、面会できなかった。この話をどう思う?」
「ひどい話ですね。無責任で……」
「その通り。ところでユリアン」
「はい」
「私はこれから昼寝をする。二時間ばかり誰も通さないでくれ。提督だろうが将軍だろうが追い返すんだ」
ロボス元帥の 「悪い例」 を引き合いに出しておいて、わざわざそれと同じ行為をするふてぶてしさ。ロボス元帥と自分は違うんだ、とでも言いたいんでしょうか(ま、実際違うんですけど)。
「ヤンといえども万能ではない」 「予測を超えることはある」
なんて原作のあちこちに書いてあるのに、この自信はいったい何なんでしょう!?
作者としては、ヤンが情報をきちんと集めて状況をしっかり把握していたのだ、と言いたかったのでしょう。しかしこれはあまりにも自信過剰です。同盟軍の中ではヤンがもっとも好きなキャラの一人なのですが、これだけはいただけません。
ちなみに、やはりこれは受けが悪いと思ったのでしょうか、OVAではこのエピソードは除かれています。
んで、じゃあこの時、本当に面会を求める人物が現れたらどうする? という意図から、モートン少将が通信を入れようとした、というエピソードを付け加えたわけです。といっても本当にモートンが通信してしまったら原作と異なってしまうので、そこまでは描けませんでしたが……。
まあ本当に通信したとしても、ヤン艦隊の作戦案はすでに決定していましたから、フィッシャー副司令かムライ参謀長あたりの対応で済んだかも知れません。ヤンを起こさざるを得ない内容だったとしても、ムライさんあたりが
「自分が責任をとる」 とか言って起こしたでしょうし、ヤンも怒りはしないでしょう。ただ、ユリアン。君がどうするか非常に興味があるんですよ、私は。
5.ジャムシード
この惑星の名前は、原作ではセリフの中にちらと登場しただけですが、拙作では
《クリシュナ》 《ペンテシレイア》《メムノーン》といったアキレウス級戦艦を建造してきた巨大工廠を擁する、としました。これは私の創作ではなく、「DATABOOK」でこれらのアキレウス級が「ジャムシード中央工廠」で建造されたことになっているため、このような設定にしました。
6.辺境の平定はいつか?
叛乱を起こした辺境4惑星のうち、シャンプールは4月29日に解放されたことが明らかです。その他の惑星が平定されたのはいつなんでしょうか?
拙作では、パルメレンドやカッファーは辺境艦隊が勝手に解放したことにしてしまいましたが、この点がはっきりしないと、これはいつのことかが決まらないんですよ。
小説では、
「彼(ヤン)はハイネセン奪還後、ネプティス、カッファー、パルメレンドの三惑星をまわって叛乱部隊の降伏を受け入れ、首都に戻ってきたところだった」(第2巻241ページ)
と明記されています。辺境の平定は後だったわけですね。
OVAの場合は、第21話「ドーリア星域会戦、そして……」の最後で、ナレーションがこう言っています。
「周辺の各星系を平定したヤン・ウェンリーが、艦隊を惑星ハイネセンへ向けたのは、宇宙暦797年7月末のことであった」
この「周辺の各星系」にネプティス、カッファー、パルメレンドは含まれているのでしょうか? 叛乱を起こした惑星は4つだけであり、原作ではネプティスなどの叛乱部隊は恒星間航行能力を持っていないようですから(外伝第2巻183ページ)、平定されるべき惑星はこの4惑星以外にありえないと思われます。
しかし一方、叛乱4惑星は互いに千光年単位で離れているはずですから、これを「周辺の」各星系、と言うのも変ですね。
ところが、バグダッシュが「クーデターは帝国にそそのかされたものだ」と爆弾放送を行った後、苦渋に満ちたグリーンヒル大将がこう言ってるのです。
「私は、ヤン・ウェンリーという男を見損なっていたようだ。第11艦隊を破り、各地の叛乱を制圧し、我々を孤立させたその手腕は、彼の力量をよく知っているはずの私の予測すら越えていた」
う〜ん、やはりOVAでは、ハイネセンより先に辺境を平定しているのでしょうか。ですが、戦略的には先にハイネセンに向かう方が良いようにも思われます。現に、小説にはこのような記述もあります。
「最初ヤンは、シャンプール星域の動乱など無視して首都ハイネセンに急行し、軍事革命派の本隊を電撃的に叩きのめすつもりだった。根を絶てば、枝葉は枯れてしまうものだからだ」(第2巻116ページ)
にも関わらず、先にシャンプールを攻略したのは、イゼルローンとの連絡や補給を攪乱される恐れがあったからですよね。ということは、シャンプールさえ陥せば、後は一路ハイネセンを目指せばよいわけです。つまり小説版にある通り、残る3惑星の解放はハイネセンの後だった、という方が戦略的にも理にかなっています。
これが、先に他の3惑星も攻略していたとすると、「先にハイネセンに来てくれれば、ジェシカ・エドワーズも死なずにすんだかもしれないのに……」ということになってしまうかもしれません。
しかし!
ここまで考えて、別の疑問が生じてきたのです。
もう一度、時間的経緯を復習してみましょう。(カッコ内は小説版第2巻のページ数)
4月20日:ヤン艦隊出動(88ページ)
4月26日:シャンプール攻略開始、3日で解放(118ページ)
5月18日:ドーリア星域会戦。19日終結(122ページ)
6月22日:スタジアムの虐殺事件(136ページ)
7月上旬:スタジアムの虐殺の報、ヤン艦隊に届く(143ページ)
7月末 :ヤン艦隊、ハイネセンへ向けて動き始める(同上)
8月上旬:ヤン艦隊、バーラト星系外縁に布陣(176ページ)
シャンプールからハイネセンまでは、どんなにかかっても2週間でしょう
(ハイネセン−イゼルローンが3〜4週間なので)。
ま、第11艦隊が出動したからには先にそちらを叩かないと、ハイネセンへ向かっても背後を突かれます。
ですが第11艦隊を破った後は、もはや阻む者のいない宇宙をまっすぐハイネセンへ進撃すれば良いはずです。
それなのに、バーラト星系に布陣したのが8月!?
もはや 「辺境の平定はいつか」 以前に、5月に第11艦隊を破ったヤンが7月末に動き始めるまでの2ヶ月少々の間、どこで何をしていたか、ということ自身が謎です。
そりゃあキャゼルヌさんではありませんが、宇宙艦隊を動かすのもタダではありません。補給、整備、人員、環境その他もろもろ大変でしょうから、そうそうサッサとは動けないでしょう。
それにしても、8月……!? せめてドーリア星域会戦から1ヶ月で来てくれれば、6月22日のスタジアムの虐殺事件も、また違った結果になったでしょうに!
この空白の2ヶ月の間に、他の3惑星も制圧していたとすれば、時間的には納得できます。
でも、これは最初にまっすぐハイネセンを突こうとした戦略とは矛盾しますよね。それに3ヶ所ともとなると、互いに遠いですから今度は2ヶ月ではちょっと苦しいかもしれません。
この「空白の2ヶ月間」についてはお手上げです(^^;)。
小説版・OVA版いずれとも整合性を持たせるために、拙作ではこういう風に解釈してみました。
辺境の叛乱を直接的に平定したのは、ヤン支持の立場をとった各辺境艦隊であった。
だからヤンは残る叛乱惑星は辺境艦隊に任せ、自身はハイネセンに直進した
(それでも何で2ヶ月もかかったのかは謎ですが)。
小説版でハイネセン奪還後に各叛乱惑星をまわったのは、すでに白旗を揚げていた各叛乱部隊の降伏を
「正式に」 受け入れ、叛乱の完全な制圧をその地にも示すためのデモンストレーションだった。
一方、クーデター派にしてみれば、ヤン支持を表明した部隊が叛乱を制圧するのも、ヤン自身が平定するのと同じ様なものである。
だから、OVA版でいかにもヤン自身が各地の叛乱を平定したように聞こえるセリフが飛び出したのだ。
こんな解釈でいかがでしょう?
7.出典をいくつか……
第3章のエベンス大佐の布告は、ほぼOVAそのままです。
内容的には小説、OVA、コミックともほぼ同じようですが、強調点が微妙に異なっているようですね。
「政治家および公務員の汚職には、死刑を適応する」
というのもOVAそのまんまですが、小説では
「政治家および公務員の汚職には厳罰をもってのぞむ。
悪質なものには死刑を適応」 となっています。
ありゃ、トーンダウンしてますね。
某国の 「スキャンダル国会」(2001年2月)
などを見ておりますと、ポプランがユリアンに言ったように
「そこのところだけのっとけよ」 なんて気にもなっちゃいそうなんですが(−−#)
コミックでは、その後の 「有害な娯楽の追放」
がみょーに強調されていて、なんだかな〜。
同じ第3章のグリーンヒル大将の演説、これは100%筆者の創作です。
グリーンヒル大将の性格を考えると、本当は決して自分からは演説するタイプじゃなかったでしょうね。
でも、OVA第19話 「ヤン艦隊出動」 では、ラストに大将が奥さんのお墓の前で、こんなことを言っています。
「若い連中は性急でなあ。もし私が立たねば、誰が彼らを押さえられるだろうか。
こうする他に手段がなかったのだ。 こうするよりな。
あの娘は分かってはくれんかなあ。 母さん……」
グリーンヒル大将のこうした面を描いた点でも、OVAは小説を越えたと思っています(むろん原作たる小説があって初めて可能だったことであり、原作の価値が下がるわけではありませんが)。
第9章でのバグダッシュ中佐の放送、これもすべてOVA第24話
「誰がための勝利」 のセリフそのままです。
小説では地の文だけだし、コミック版よりはこのOVA版の方が、より洗練されているような気がします。
ベティ・イーランドは100%筆者の創作なので、その言葉もすべて創作です。
ただし、第11章の応援演説で彼女が触れているジェシカ・エドワーズの言葉
− 「私はここにいます」 というセリフは、実際にOVA第21話「ドーリア星域会戦、そして……」
にあるものです。 「ジェシカ・エドワーズを探してこい」
というクリスチアン大佐に対し、エドワーズ女史は
「その必要はないわ。私はここにいます」 と言うのです。
実に、 「あなたはどこにいますか?」 という言葉と対になる、象徴的で重大なセリフではないでしょうか。
このセリフの存在も、私が小説版よりはOVA版に軍配を揚げる根拠の一つになっています。